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「はぁ……」 飛行都市マギニア、その一角にある宿屋で新米隊員である新入りはため息をつきながら黒い髪を弄くった。 そんなため息ばかりの彼女のそばに金髪とゆったりとしたドレスが特徴的な少女が寄り添ってきたので、新入りはワンテンポ遅れて頭を擦り付けてくる彼女を見た。 「ぁあ二ァか。どうしたんだ」 「新入り、こまってる?かお、つらそう」 「いや!別に何でもない、二ァは心配しなくていいから」 心の読めない人形のような表情の二ァを撫で、そんな事を言いつつも机の上に置かれた羊皮紙……迷宮の地図に広がるのは白い未踏破区域ばかり。 部屋にいる同僚たちも(言いたくはないが)新入りよりも熟練者のはずなのに皆手傷を負っている。 ……はっきり言うと、今のミズガルズ実働隊は樹海探索に手こずっているのだ。 「なかなかさきにすすめないね。二ァ、たんさくのじゃましてる?」 「そういうのじゃなくて!二ァが描いてくれてる地図自体は完璧だから、先に進めないのは構造とか戦いとか……あぁ」 赤いさくらんぼみたいな瞳で見つめられるとどうにも言葉が出てこなくて、新入りは自分に舌打ちしながら頭を抱える。 今のところはニァが怪我をした事は無いのだがそれも運が良かっただけだろう。 自分の説明下手と魔物との戦いについていけない実力不足が本当に恨めしい。 「まものつよいの?」 「……そうだ。どうにも戦いづらくて色々考えてはいるんだけど」 新入りが視線を落とした先には愛用する剣と盾が少し雑に壁に立てかけられていた。 ミズガルズ実働隊、そして新入りたちは少し前から戦い方を見直し始めたのだ。 新入りはこれまでの斬り込み一辺倒から特殊な薬品によって術師のような雷を纏った一撃を繰り出すリンクスキル、聖騎士のように盾で相手を殴りつけるブレイクスキルを学びだした。 ……これまでの戦い方と両立させられれば一番よいのだが、今の新入りたちには余裕が無い。 新しいことを詰め込んだ分、前の技術を忘れる。やっぱり前の方が良いと思っても再度身に着けるのには思っているよりも時間がかかるし、その分実戦に戻るのが遅くなる。 つまるところ、にっちもさっちも行かない泥沼状態なのだ。 「お、皆集まってるみたいだな」 不意に大きく快活な声が響き、部屋中の視線が忍び装束の大男に向けられる。 街から戻ってきてニッコリと笑った大男、サヴァ・カーンの手には見慣れないアクセサリーが握られていた。 「なんだそれ、スったのか」 「ちげーよキッド!”依頼”だよ”依頼”!」 「依頼ぃ?」 依頼というサヴァカーンの発言にキッドたちは机に置かれたバッジを見るためにぞろぞろと集い出した。 手のひらよりも小さめな楕円形のバッジには双葉のマークが彫られており、金色の光沢が照明と12の瞳を反射して輝いている。 ちょっと火薬臭い少年……キッドが摘んで顔をじっと寄せてみたが、特段金になりそうな宝石や金の純度ではなく眉をひそめていると、赤痣の少女が愉快だと言わんばかりに目を細めた。 「この装飾、どうやら呪いが付与されておるようじゃな?」 「おっバーバは流石に鋭いな。どんな術かは分かるか?」 「案ずるな」 自信たっぷりに微笑んでみせるとバーバはキッドからバッジを渡して貰い、しばらく黙りこくってバッジを回したり近づけたり離したりと観察する。 ……やがて少女の暗い茶色の瞳が興味深いと言わんばかりに弧を描く。 「この装飾品には『体感時間を増幅・増強させる術』が掛けられている。……ミズガルズの書架にも収蔵されておらぬ術だが、え?サヴァ・カーンよ」 「内緒の依頼だから依頼人の身辺を探ったりチクるのはナシにしてくれや」 「極秘の依頼か……」 「そ、俺たちに持ちかけられた依頼はコイツの──『装備するだけで強くなるバッジ』の性能テストだ。 と言っても難しいことじゃない、誰か一人がバッジを装備して何か経験を積む。 実戦や組手、座学でも試してほしいそうだ」 今現在、新入りたちミズガルズ実働隊は本部より『極秘任務』を請け負っている。 なのに見知らぬ依頼人の話を受けてもいいものなのか。そもそもバッジごときにそんな効果があるものなのか? 眉間にシワを寄せる新入りに対し、やけに笑顔の黒外套の青年……バッディは身を乗り出してバッジを見つめている。 「ねーねー、サバカン、バーバ!その術って具体的にどれくらい体感時間が延びるの?」 「依頼人の話によるとおよそ三倍だそうだ」 「へー……閃いた」 「っ!」 バッジを手に取り部屋から飛び出さんばかりの勢いのバッディに、新入りは咄嗟にローキックをかました! 「痛ぁ☆新入りちゃんどうしたの?」 「お前そのバッジで何するつもりなんだよ!?」 「いやぁ、体感が三倍になるってことは快感も三倍でしょ? だからちょっと愛を育んでこようかな〜って☆」 「おい!二ァの前でそういう事言うな!!」 「しんいり、愛ってなに」 「やった!二ァちゃんも興味アリ?ならオレちゃんが手取り足取り──うぼぁ!」 「二ァに近寄るな変態!埋まってろ!!」 新入りは不満げにほっぺを膨らませるバッディを蹴飛ばしてバッジを奪い取ってため息をついた。 ……相変わらずあの男は頭の先から足の先まで変態色だ。 依頼の品でとんでもないことをしでかそうとしているのに自分以外誰も止めないのが腹立たしい。 「……樹海に向かいたいところだが、誰がこれを着ける?」 「面倒くせぇ、俺が持てばいいんだろ」 「待った」 「……なんだよバーバ」 手袋越しのキッドの手にバーバの細い指が重ねられる。 邪魔されたことに語気を荒げ舌打ちをする青年に対し痣顔の少女は冷静そのもので、悪い笑みを浮かべながらバッジに視線を向けた。 「術師として一つ警告しておきたい。強力な術はその分反動も大きいのだ。 ……もし今回の術が暴発すればそうだな、肉体にも三倍の時が流れるかもしれんな?」 「……」 あくまで予想だが、とバーバは締め括ったが新入りたちの脳内には恐ろしい光景が──三倍の速度で人生が消費されてしまった自分たちの姿が赤黒いシミのように染み込んでいた。 キッドも表情は先程同様イラついた顔だが強張った体は力を失い唇は固く結ばれ、手が机に置かれたバッジからゆっくりと離れる。 ──そして、実働隊の眼は自然と新入りに向けられた。 「な、なんだよ!私なら老いてもいいっていうのか!?」 「まぁ新入りちゃんなら仮にそうなったとしても一番ローリスクだからね☆」 「我らの中で一番未熟、何よりもその若さが決め手だ」 「決め手って……年齢で決めるならバーバ・ヤーガの方だろ!!」 「バーバがやられたら大きな戦力ダウンだ、お前ならまだリカバリーできる」 「〜〜〜〜っ!!」 実働隊の連中の心無い言葉に、新入りは今にも破裂しそうなくらい真っ赤になっていた。 自分の身を以て安全を調べる。 それだけならレンジャーと同じだがこの扱い、これじゃあ生きた地雷除去装置と何も変わらない! 今にも殴りかかりそうな新入りの拳に冷たい指が添えられ、驚いて見下ろすと二ァが新入りの拳をぎゅっと握っていた。 「二ァ、その、」 「だいじょうぶ、新入り、しなないよ」 「えっと、あ」 何を言っているんだ、 と聞こうとするがサヴァカーンからバッジを投げ渡され新入りは跳ねて暴れるバッジをなんとか捕まえる。 黄金色の小麦のように輝く双葉と青い艶のある起毛生地のバッジは手のひらの中で怪しく光を放っており、新入りは固唾を飲んだ。 「新入り、いこう?」 「ほら、二ァが待ってるんだから行こうぜ新入り!」 「……はぁ」 服の裾をグイグイと引っ張ってくる二ァと先に部屋から出た実働隊に急かされ、 新入りは呆れに変わった怒りを飲み込んでバッジを胸ポケットに刺すと壁に立てかけておいた剣と盾を手に取って走り出した。