1
──その日、俺は親父と兄貴たちに連れられて迷宮に足を踏み入れていた。 大盗賊エドゥの宝がどうたらって親父は言っていたがまぁ当然嘘だった。 ただ……普段なら失敗してもしばらく仕事がやりにくくなるだけでどうってことなかったし、樹海の中もさほど恐ろしくはなかった。 人間の腸を漁ってたモグラとかネズミより、オレたちならず者にとってはエトリアの憲兵どもに見つかるほうが怖いって兄貴たちと笑いあったんだ。 ……そこまでは良かったんだ。 地図の場所にたどり着いて、周りを親父や兄貴たちが調べる中で、穴を掘ろうって二つ上の兄貴がオレにスコップを取りに行くように言ってきて、オレは袋の中にまとめてたスコップを取って不意に空を見上げたんだ。 ──オレの目の前にいたのは巨大な石像だった。 ソイツにぶん殴られて頭が割れて、気がついた時には親父と兄貴たちは死んでいた。 騎士団の身ぐるみを剥いだこともある親父も、腕っぷしの強い兄貴たちも顔どころか骨すらわからねぇ。 人肉と土の混ざったやけに赤黒い地面が見えて初めて「ああ、親父たちはアレか」って理解できたんだ。 俺は運がいいのか悪いのか無事だったんだけど全身は痛えし血は止まらねぇしでつまる所……死を待つ身だった。 そんな俺の前に光のように飛び出して石像に炎を浴びせたのは一人の錬金術師だった。 ……そして、俺は彼を追って北国のある施設を訪れていた。
2
「……だりぃ」 「アーサー、手が止まってるぞ」 大量の報告書を前にミズガルズ図書館の錬金術師アーサー・チャールズは完全にやる気をなくしていた。 エトリアでの大冒険が終わり、支部を経由しながら本部に戻ってきた彼ら調査隊を待っていたのは地図と図鑑を保管のために複製する作業だった。 ……途方もない作業だった。 なんせ一つの迷宮を隅から隅まで踏破したとなればどれだけの報告書を書かされるか、考えるだけで気が遠くなる。 目と口を半開きにしたアーサーは目玉だけを動かして部屋の中を見渡す。 兄貴分のサイモンは静かな顔で作業を進めているが目が疲れてきたのかしきりに目頭を押さえているし、姉貴分のラクーナはそれに加えてお見合い旅行から帰ってきたから自分たちよりも疲れている始末である。 「リッキィたちがハイランド地方から帰って来るまで待とうぜ……三人じゃ終わんねぇよ……」 「やらないとそもそも終わらないだろ、手を動かせ」 「へいへい……」 サイモンに小突かれたアーサーは生返事をしてペンを握る、だがソレだけだ。 これ以上は指が動かないし頭も働かない。 エトリアの迷宮を踏破した錬金術師の名が泣くが今はもうどうでもいい、飽きと疲労がスノードリフトとスノーウルフの連携のようにアーサーの思考能力を奪っていた。 このまま椅子に座り続けたら痔になる、そう思っていた時だった。 「あら、誰かしら」 マホガニーの扉を叩く音が三人の耳に届く。 「来客か」 「オレが出てくる!」 とにかくこの退屈から逃れたくて、アーサーは誰よりも早く立ち上がり扉に走り寄った。 ドアノブをガチャリとひねって引けばすぐに客とご対面だ。 「はいはい、誰だ……よ」 そこに立っていたのは強面の顔に十字の傷を負い、サイモンよりもデカい……二メートルはありそうな巨躯の男だった。 「え……シノビ?」 「……」 頭に被った頭巾と黒を基調とする衣装は恐らくアーモロードでよく見られる『シノビ』だ。 でもアーサーの知り合いにシノビはいない、サイモンもラクーナにも。 「誰かしら、ここは一般人立入禁止なんだけど」 「……要件があるなら僕が聞こう」 突然の怪しげな来訪者にサイモンはアーサーより少し半歩前に出て並び立ち、紅茶を飲んでいたラクーナも警戒した様子でこちらへ歩み寄る。 「……」 「なんだよ、なんとか言ったらどうなんだ?」 無言の巨躯の男の目玉は3人を順々に映し、それから部屋の中を見渡すように動く。 不気味な様子にしびれを切らしたアーサーが発破をかけようとしたその時、男は目を細めると肩を上下に震わせて笑い……三人に向かって懇切丁寧にお辞儀をした。 「お久しぶりです、ミズガルズ図書館の調査隊の皆さん。 あの時助けていただいたシノビです」 「は?」 冷静沈着なサイモンの口からそんな言葉が漏れるのも当然だった。 目の前のニンジャコスプレ男は突然ここへやって来たかと思いきや、自分たちに助けられたと言い出したのだ。しかも直角90°の丁寧なお辞儀付きで。 あの時っていつ誰がこんなシノビを助けたんだ? ハイランダー、それともリッキィ? 「ぁあ、この姿だとよく分からないですよね……」 三人がフリーズしているのに気がついた男は、いいことを思いついたと頷きながら頭巾を脱ぐ。 焦げ茶色の短髪と橙色の三白眼、そして額から鼻近くにまで刻まれた痛々しい十字の傷。 どこかで見ただろうかとサイモンが頭を巡らせようとした瞬間、アーサーは男を指さして叫んだ! 「お前ゴーレムん時のヤツか!?」
3
「そうです!覚えていてくれたんですね!アーサーさん!」 「アーサー『さん』!?」 男はアーサーの答えに激しく頷くと目を輝かせながら少年の手を握りしめる。 その様子にアーサーもされるがままに硬直していたが、頭の中では先ほど男が呼んだ声……さん付けされた自分の名前がリフレインしていた。 基本的に仲間内や図書館内では歳が若いから呼び捨てばかり、一応にエトリアではさん付けされることも無くはなかったが、出会えたことを心から喜ばれ尊敬の念が籠められて『さん』付けされるなんて今までなかった。 しかもサイモンみたいな年上の男がこうやって自分に頭を垂れるなんて! 「どうしましたかアーサーさん?」 「むふ、むふふふ……ぐえっ!?」 突然興奮した来客にラクーナは大慌てでアーサーの首根っこを掴んで距離を取らせると青年に詰め寄った。 アーサーと引き離された青年は少し目を丸くしたが、すぐにあきれ顔のラクーナに向かって朗らかに微笑んでみせる。 「あなたはラクーナさんですよね。 ゴーレムとの戦いで見たあの勇猛果敢な姿!仲間じゃない俺まで守って下さるなんて…」… 「っておい!何すんだよラクーナ!良い所だったのに!」 「ちょっと待って、ゴーレム?それってエトリアの?」 「はい!大盗賊の隠された秘宝の地図に騙され、瀕死だったオレを皆さんが助けてくれたじゃないですか!」 熱弁する青年の言葉を聞きながらラクーナは困ったようなくぐもった声を上げ、サイモンはあのときのことを思い出した。 かつてエトリアを騒がせていた『大盗賊エドゥ』なる人物が迷宮に宝を隠した。 そんな胡散臭い話をなんとなく引き受けた調査隊はゴーレムと遭遇し、そして依頼の真意を知った。 ……だが、このクエストには自分たちの知らない一頁があったらしい。 興奮した青年が語るところによれば、調査隊が引き受ける前にどこから漏れたのか地図の話が出回ったらしく、冒険者以外にも彼のような無法者が何人も樹海に足を踏み入れていたそうだった。 「そんな事情が……それよりも、何故君が僕達の名前もこの部屋も知っているんだ」 「受付の方に教えてもらいました、お世話になった方だとお話したらここへ通していただけたので。 ……ところでもう二人の方はどちらへ?」 「オレたちを置いて旅行中だよ!ったくやってらんねぇよ!」 「しょうがないわよ、ハイランダーは里に報告に戻るって言ってたんだから……というわけで、申し訳ないけど今はわたしたちだけしかいないのよね」 今頃ハイランダーとリッキィは冬の国のんびりバカンス、対してアーサーたちは本だらけの部屋に缶詰になって書類仕事。 全くやってられない!とアーサーは子どものように不満を垂れていたが、不意に良いことを思いついたと言わんばかりに声を上げた。 「そうだ!お前図書館の中はもう歩いたか?」 「いえ、ここまでの道のりは分かったんですがそれ以外の場所はまだですね」 「ふふん、よし!このオレについて来い!先輩であるオレが直々に案内してやろうじゃねえか!」 アーサーがビシッと胸を張って宣言するとサイモンが即座に反論する。 「おいアーサー……」 「いいだろ?ここ広いんだし誰かが案内してやんねえとな!よし決定!」 アーサーはサイモンお得意の説教に先手を取ると身振り手振りでまくし立て、サイモンとラクーナと男がポカンとしている間に急いで丸め込む。 ……どうしてもこの退屈な作業から逃げたいらしい。 サイモンはアーサーの分かりやすい企みに呆れると同時に、下心はあれど弟分のような少年がこうやって誰かを導こうとする姿が少し微笑ましく思えた。 ……だからこそ、ちょっと追求の手を緩めてみたのだがこうも口が回るようになっていたとは。 「皆さん良いんですか?俺のためなんかに」 「気にすんな!なんせオレはアーサー『さん』なんだからよ!」 男の大きく分厚い背をアーサーは躊躇なく手で叩いて歯を見せると、弾丸のような速度で扉から飛び出していった。 ……残されたのは少年の猪突猛進ぶりに困った様子で立ち尽くす男。 「……との事だ、こうなったら止めるのも至難の業だからな」 「アーサーには後でたっぷり仕事してもらうとして、わたしたちも少し休憩しない?お昼まだじゃない」 こめかみを押さえてため息をつきつつも少し柔らかい表情のサイモンに、気分転換を提案しつつ年相応にいたずらっぽく笑ってみせるラクーナ。 ……男は彼らの言わんとすることを理解し深々と一礼すると「さて新人、遅れるなよ!」と廊下の先で叫ぶアーサーの方へ走っていった。
4
ミズガルズ図書館は本来医者や術師のための学舎であり、図書館にいる人間の大多数は学生である。 そんな学生たちの群れに混じり、アーサーと男は図書館を闊歩していた。 「この西棟は教室であっちが宿舎とかがある東棟な!」 突然大男を引き連れて現れた少年を学生たちは奇異の目でチラチラ視線をやっていた。 どう見ても学生でも調査員でもない強面で屈強な男の姿は、貴族かつ図書館という安定した世界に暮らしていた学生たちにとってほぼ未知の生物だった。 だが当人であるアーサーは特に気にする様子もなく、あっちへこっちへ落ち着きのない様子で走り回って男に図書館の事を教えていた。 「ん……」 「どうした?」 ミズガルズの目玉である大図書館から薬草を育てている中央庭園、学生の憩いの場である屋外広場を案内していると不意に男が足を止めた。 どうしたんだとアーサーは突然ついてこなくなった男の方へ戻ってくると、男は何かを探すように頭を回しながら頭巾越しにでもわかるほど鼻をひくひく動かしていた。 「いや、なんだか良い匂いがするなと思いまして」 「……へぇ、成る程な!それならこっちだ、ほら来いよっ!」 図書館の廊下の先、二人の眼前に現れたのは大きなアーチ状の天井と天窓、そしてクリーム色の壁に美しい森の絵が描かれ沢山の学生や職員でごった返している大食堂だった。 「ミズガルズといえばこの大食堂だよな!」 「おお……!」 あちこちから息をするだけでも空腹を思い出すような香りで溢れ、その源泉である厨房の方からは本能を刺激する芳ばしい香りが部屋に流れ込んでくる。 お盆に乗せられて厨房から出てくる料理は皆一流レストランのように美しく、バイキング形式のエリアでは皿に盛られた一口サイズの料理たちがキラキラと宝石のように光っている。 天国のような光景に男が目を輝かせているとアーサーは彼の腰を叩いてニカッと歯を見せて笑った。 「この場所はな、好きなモンを好きなだけ食べられるんだぞ!肉も魚も何でもだ!」 「じゃあ!アレありますかね、ネズミ!」 「ネズミぃ!?そんなのぜってーマズイだろ!牛とか羊とか食えよ!ほら!」 もう慣れたもので、ついて来いと言う前にバイキングエリアへ駆け出したアーサーに男がついて行くと分厚い焼き立てのステーキや肉汁が溢れているハンバーグに骨が付いた豪快なリブステーキ……あと控えめに野菜が盛られた皿を突き出された。 ……男の腹が改めて空腹であることを示すように大きく鳴った。 「これ、良いんですか?」 「良いに決まってるだろ!食えよ、冷めちまうぞ!」 そのまま手を引かれ席についた男は信じられないようなものを見る目でアーサーと自分に渡された皿を交互に見ていたが、目の前で好物の肉を大口を開けて美味そうに食らうアーサーを見て、そして漂ってくる油の焼けた堪らない香りに男はつばを飲み込むと恐る恐る少年の真似をしてリブステーキの骨を手で掴むと勢いよく肉にかぶりついた! 「!」 直後男のオレンジ色の瞳が興奮に見開かれ、アーサーはしてやったりと鼻を擦って笑う。 ネズミや鳥、店裏で食べた残飯とは天と地の差がある幸福の味が男の舌の上に広がる。 噛みしめるたびにハーブとスパイスで味付けされた肉の旨味が何度も溢れ出し、二口、三口と勝手に食べ進める口と何故か出てくる涙を男は最早止められない。 飲み干して食らう、頬張って味わう。 男は無心になって食の歓びで全身を満たしていたが、やがて目の前で笑みを浮かべる少年に気がつくと肉を持ったまま身を乗り出して頭を下げた。 「すっごくおいしいです!流石アーサーさんのチョイスですね!」 「当然だろっ!はっはっはっ!」 男の鼻声の感謝の言葉にアーサーは腕を組んだ自信たっぷりの高笑い、そして弾けるような笑顔を返してやった。 肉ひとつで泣くほどに喜んで、気持ちが良いほどの食いっぷりにアーサーは満腹感とは別の満ち足りた気持ちを感じていた。 ……つまるところ、とてつもなく爽快なのだ! 「いやーこの世ってネズミ以外にも美味しいものがあるんですね」 「……そもそもネズミって食えるのかよ?鳥じゃなくて?」 「バリバリいけますよ。すばしっこいんですが鳥どもとは違って罠が効きますからね!」 ……二人の肉祭りはその後も長く続いたがさすがに胃袋の限界が近づき、開始から一時間もすれば勢いを落としていた。 ハンバーグを食べながら嬉しそうにネズミ談義をする男にアーサーは肩を竦め、最後の一口を口に運んだ。 ネズミといったら白や毛のない奴で医学部の方で育てられている奴ら。ミズガルズ暮らしであるアーサーの中では食べ物や害獣と言うよりもやっぱり実験動物というイメージが強かった。 それにこの世にはもっと美味しいものがあるのに、やはりこの男は少し変わっている。 ……だが嬉しそうに料理に舌鼓をうつ男の姿に、不思議と悪い気分はしなかった。 「おーし!次は西棟を案内してやる!遅れんなよ!」 「はいっ」 「……シェルドン先輩」 「あら、あなたは……?」 アーサーたちの宴が終わった少し後、食堂で食後のデザートに舌鼓をうっていたラクーナの元へやってきたのは自分の後輩にあたる在学中の令嬢だった。 慌てた彼女に引っ張られて連れてこられた先には怯えた顔で団子になっている女学生たち、その視線の先には見慣れた金髪と頭巾が塀に肘をついて学者を眺めていたのだ。 「アーサー、それとお客さんじゃない」 「よっ!ラクーナ」 呑気に手を振ってくるアーサーとお辞儀をする男。どういう理由なのかは知らないが覗くなど言語道断と叱ってやるとアーサーはケロッとした様子で男を指さした。 「こいつ学校行ったことないらしくてよ、オレが見せてやってんの」 「本当に同じような格好の人たちばかりだとは……」 そこなの!?と驚愕するラクーナに青年はコクコクと頷いて女生徒たちを再度見つめる。 オレンジ色の瞳は彼女たちを映しているものの、鼻息が荒いとか変質者っぽい舐め回すような視線は感じられず、むしろ憧れというか驚きの色で輝いていた。 ……学校に通った事の無いという彼の目から、自分の後輩たちの姿はどんな風に見えているのだろうか。 だが覗きは覗き。ラクーナは青年に向き合うと力強く、諭すように言葉を紡ぐ。 青年は何度も頷いては素直にラクーナの話を聞いていたがアーサーはというと。 「わたしの後輩が怖がってるからこうやってコソコソするのはやめなさいよ?見学したいなら受付を通して、そしてアーサーも!覗かせない!」 「えー減るもんじゃないしいいだろー」 「すみません、職業柄どうも美人の方を見るとつい」 「なんだよ割とスケベなトコあんじゃん!」 アーサーに肩を小突かれ小さく笑う青年。 そういう態度が少年を調子に乗らせるのだと内心ラクーナが呆れていると、青年は照れたように頭を掻きながら口を開いた。 「いやぁ、名家のご令嬢の方々ですから。 売ったらどれだけ高値になるかなとか考えちゃって、あれ、アーサーさん?」 口を半開きにした状態で固まるアーサーに男はきょとんと目を丸くして首を傾げていた。 なんならラクーナもアーサーと同じく言葉も出ない。 ……少し遠くにいたおかげで、後輩たちにとんでもない男の台詞が聞こえなかったのがせめてもの救いだ。 「凄い空気になっただろ!お前の前職なんだったんだよ!?」 「野盗です」 「野盗!?シノビじゃねぇのかよ!?」 「あ!アーサーさんたちやこの施設の方々に手を出すような真似は救われた身に誓ってしませんので!」 「いやいや!」 正気を取り戻したアーサーの大声とチョップが男の臀部に炸裂し、男は必死に首や両手を横に振りまくって弁明している。 表情をコロコロ変えながらあーだこーだと言うアーサーに敬礼する男、まるで喜劇でも観ているかのような滑稽な光景だった。 「とにかく!もう覗きとかするのはダメよ、見学ならちゃんと受付でね」 「はい。ラクーナさんと後輩の皆さん、今回はご迷惑をおかけしてすみません……」 ラクーナはたるんだ空気を吹き飛ばすように咳払いして男とアーサーに向き直る。 男は相変わらず素直なものでラクーナと彼女の後輩たちに向かってその大きな背中を折りたたんで頭を下げる。 アーサーの方もラクーナの話を一応聞き入れたようで、適当な返事と共に頷いていた。 だが隣の男が大きな体を縮こまらせているのを見てなにか思ったのか彼の背中を叩くと、胸を張って笑いかける。 「いいって気にすんなよ!ラクーナちょっと硬いところあるから」 「何ですって?」 「うわっ!逃げろ!」 ラクーナが凄むと同時にアーサーと男は慌てた様子でその場から脱兎の如く走り去る。 悪ガキのように笑いながら逃げていく二人の背中をラクーナはため息をつきながらも見守っていた。 「でもお前、シノビじゃねーんだな」 学生塔を抜けて、昼間を過ぎて少しだけ人通りの少なくなった廊下を歩きながらアーサーは男に向かって先ほどの疑問を投げかける。 彼の着ている忍装束は前からみても横からみても、大柄で堅気には見えない強面な雰囲気に似合っているのだがまさか姿だけの初心者だとは……。 「純正ではないですけどここで働く関係上与えてもらった称号ですね」 「お前ここで働くのか!?なんだよ~そういうのは早く言えよ!」 「いやいや、俺もびっくりですよ。まさかアーサーさんたちのお手伝いをさせてもらえるなんて感激ですよ!」 どこか夢見心地な様子の男は目を輝かせながら前を見つめる。 アーサーもそして彼自身も、まさかミズガルズ図書館で働くことになるとは思ってもみなかった展開で未だに信じられない。 男はお茶目にウィンクすると懐からまだ新品の教科書を取り出してアーサーに手渡した。 表紙には男と同じような格好をした人間やクナイに刀の絵、タイトルも子どもでも分かるように『忍術基礎の段』と大きな字で書かれていた。 「現時点では見習いの見習いですし、忍術はこちらの教本を頂いて修行中なんですけどね」 「ふーん」 鍵開けや金庫破りやトラップ作成は得意ですが、と茶目っ気たっぷりにウインクする男の手から本を渡してもらいアーサーはペラペラとページを捲る。 書いてあるのは専門外の忍術の話ではあるものの、炎を操ったり毒を使用する術を見ていると意識せずとも自分の専門分野と比べてしまうわけで…… 「へー、オレなら錬金術でこの本に書いてあるのとおんなじことできるぜ?」 「ほ、本当ですか!?」 男は少し裏返った声で三白眼をまん丸にして、開かれたページとアーサーの顔を何度も見つめてくる。 信じられないといった様子の男にアーサーは自信満々に口角を上げてみせると自分の胸を親指で指差した。 「あったりまえだよ!来いよ、折角だからその本の内容を実演してやるよ!」 「アーサー、こんなところにいたのか」 ……『貸し出し中!』と勢いのある字で書き殴られた紙が張り付けられた第一実験室。 その紙をはがして引き扉を開けたサイモンが見たのは、部屋に漂う錬金触媒の独特の匂いの中で机と本とガラス器具を囲んで大はしゃぎしているアーサーと例の大柄な男だった。 「なぁサイモン!コイツ結構飲み込み早いぜ!」 「いやぁ錬金術って面白いですね、ただの砂からあんな現象を起こせるなんて」 嬉しそうに忍術の教本を突き出してくるアーサーとフラスコの中の火を興味津々といった様子で見つめる男だが、サイモンに突きつけられた忍術の教本には錬金術のれの字も書かれていない。 ……本当に何をやっているのだろう。 「……お前たちは一体何をやっているんだ、探したんだぞ」 「何って、コイツに錬金術を教えてるんだよ! にしても覚えの良い生徒を持ってオレは幸せだぜ!」 「いやぁ、アーサーさんの教え方が上手いからですよ!……確かに、錬金術って手もあるのか」 「これからもビシバシ教えていくから覚悟しろよ?ハッハッハッ!」 「……」 何が何だかよくわからない状況に眉間にシワを寄せているサイモンだったが、これまでのことを話してやるとしばらくして納得したように頷いた。 「まさかアーサーが誰かの先生になる日が来るなんてな」 「へへっ!サイモンのマネしてみたんだけど意外と楽しいなコレ!」 思いもよらないアーサーの言葉にサイモンは少し驚いたらしく切れ長の目を丸くするが、やがてメガネ越しのその目つきはとても優しいものになる。 子どもというのは知らない間に成長するとよく言うが、自分がしてもらった事を別の誰かに授けているアーサーの姿を見ると少しだけむず痒いような温かさが胸の中に広がっていくのを感じていた。 当のアーサー本人は気がついていない様子だったが、大男は弟を見守る兄の意図に気がついたようでちらりと目配せして小さくお辞儀すると頭巾越しの口に弧を描き、サイモンも男の反応に首肯してやった。 「ところで、俺たちを探していたと言ってましたけど何かあったんですか」 「その件だが、リッキィたちが帰ってきたぞ。君も一緒に来てくれ」 教本を片付け始めた男と不思議そうに二人の顔を交互に見るアーサー、そんな彼らにサイモンは改まった様子で咳払いをすると死線を共に潜った仲間たちの帰還を告げた。 「おぉ!遂にリッキィたちが……そうだ!良いこと思いついた……へへっ」 「おお、どんなことですか?」 久々の再会に沸き立つアーサーの脳裏にある想像がよぎる。 ……自分たちに仕事を任せてバカンスに出かけたリッキィが帰ってくる。 今回だけは、生意気でツンケンして意外と感情豊かな彼女をちょっとばかし驚かせても許されるかもしれない。 キーパーソンになる予定の『後輩』も乗り気みたいだし、これはやらなければむしろ損だ。 「聞きたいってことは協力してくれるんだな?誰にも話すなよ……」 先に戻ると背を向けたサイモンに気づかれないように、アーサーは悪い笑みを浮かべながらしゃがみ込んだ男の耳に愉快な計画の全貌を語り始めた……。
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「みんな、久しぶり!」 長旅を終え、ミズガルズ図書館を尋ねたフレドリカ・アーウィングを最初に出迎えたのはラクーナだった。 赤い髪の聖騎士は書類の山の向こうからフレドリカとハイランダーを見るや否や、すぐに立ち上がって熱い抱擁を交わしに来たのだ。 「リッキィ!ハイランダーの故郷はどうだった?楽しかった?」 「うん。結構寒かったけど色々と興味深かったわ」 フレドリカ……リッキィはラクーナの腕の中から抜け出すと少女二人の再会を見守っていたハイランダーの青年に笑いかける。 ……自分の父の言葉と同じ物を掲げている彼らは一体何者なのか、フォレスト・セルを討伐したリッキィの次なる冒険はハイランダーの故郷を目指す旅だった。 長旅だったが千年ぶりの大地の原風景やハイランダーの故郷、初めての雪遊びにちょっと口に合わなかった郷土料理、そして何よりも共に歩む青年との思い出は羊皮紙一枚ではとても語り尽くせない。 ……瞼の裏に浮かぶ思い出に浸っていると不意に背後のハイランダーが何かに気がついて声を上げる。 ……よくよく見れば部屋にはラクーナだけしかいない。 「アーサーとサイモンは?」 「サイモンはアーサーを迎えに行ったけど、そろそろ帰ってくるんじゃない?」 ──なぁんだ、それならいいや。 リッキィの脳裏には何かと世話を焼いてくれるメガネの青年と騒がしくデリカシーのない少年の姿がありありと浮かぶ。 ラクーナの話だと元気にしているらしいが、どこに行ったのやらと周囲を見渡しているとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。 「二人とも元気だったか」 「!サイモ──」 金糸のおさげを揺らしながらフレドリカが振り向くと、そこにいたのは見慣れたメガネの白衣の青年といつにも増して生意気そうな顔をした少年。 ……そして、その背後に佇んでいたのは頭巾を被り筋骨隆々の肩を出した謎の大男だった。 「……えっと、誰?」 「オレの部下だぜ、やっちまいな!!」 「はい!」 「うっ!?」 男はリッキィに飛びかかるように近づくと流れるような動作でリッキィの外套と帽子、そして彼女を庇うように前に出たハイランダーの外套を静かに衣類掛けに掛けて、旅で汚れた服や顔を素早い手つきで整え、気がついた時には既に二人は外に出てきたとは思えないほど清潔になっていた。 「フレドリカさんとハイランダーさんですよね、長旅ご苦労さまでした」 「……あ、ありがとう」 命じられた通り仕事をやりきった男は二人に一礼し強面の顔に笑みを浮かべる。 その様子はさながら熟練の執事長のように優雅で落ち着いた雰囲気を醸し出していた。 ……不気味な大男に何をされるかと思ったら、ローザみたいに身なりを整えられた挙げ句まるで執事のように振る舞う巨体の男に、リッキィはとりあえず感謝しつつ、色んな感情がごちゃ混ぜになったちょっとひきつった笑みを浮かべながらハイランダーの後ろにゆっくりと後退していった。 「──って違うだろ!!?」 「そうでした!武器をお預かりしてませんでした!すみません!」 「ちげーよ!!」 躊躇なく大男に手刀を入れるアーサーと笑顔のままそれを甘んじて受け入れている大男。 その様子は上司と部下に見えなくもないが……いや、どう好意的に見ても大人に遊んでもらっている子どもにしか見えない。 サイモンはこめかみを抑えラクーナはまたか、と苦笑いを浮かべ、ハイランダーの青年も仏頂面のまま肩を震わせている。 「……これがあなたの部下?言う事聞いてないじゃない」 何かのコントなのか、吹き出しそうになりながらリッキィが肩をすくめると少年は歯をむき出しにして吠えた。 「うるせぇ!コイツにかかればお前なんかコテンパンだからな!?」 「いくらアーサーさんの頼みとはいえ、命の恩人に暴力は振るえません」 「ほら!」 「おい!?つーかお前も真面目に返事するなよ!」 揚げ足を取るリッキィに反応するアーサー、どちらの言葉も着火剤となってミズガルズ図書館の一室はいつも通りの騒がしくもどこか居心地の良い空気を取り戻した。 ……唯一の部外者である男はその光景を静かに見つめていた。 かつて自分もああやって冗談を言い合う仲間がいたのだ。 「──と、あの時迷宮で助けて頂いた男が俺なんです」 「……なるほどね、ゴーレムの時のあの人だったのね」 リッキィとアーサーの喧嘩にレフェリーストップが掛けられて数分後、リッキィは彼らの話を聞きながらエトリアでの戦いを思い返していた。 ラクーナたち、そして当事者?である男の話を聞いてやっと胸板激厚男の正体やアーサーがやけに自信過剰になっている状況を理解できた。 にわかには信じ難い話だが大男の橙色の三白眼はどこかで見覚えがあるような気がするし、隣に座っているハイランダーの青年はどうやら覚えているらしく珍しく興味深そうに目を瞬かせている。 「お二人の戦いも凄かったですよ!フレドリカさんの弾丸に合わせて繰り出される強力な槍の一撃!全身甲冑のゴーレムもお二人の前では裸同然でしたよ!」 「ま、まあね」 口から矢継早継に褒め言葉の雨あられを降らせる男に気恥ずかしくなってきたリッキィは早口に返事をしてお菓子を頬張る。 なら次は自分がと言いたげに身を乗り出したハイランダーが男が楽しげに雑談を交わしているのをリッキィが眺めていると、正面に座っているラクーナが人懐っこい笑みを浮かべて顔を寄せてきた。 「彼、ちょっと見た目が怖いけど悪い人じゃないでしょう?」 「……でもお礼を言うためだけにわざわざここに来るなんてちょっと珍しいわね」 リッキィが小声で囁くとラクーナは「確かに」とクスクスと小さく笑った。 ……たった一度助けてもらった名前も知らない相手にただ『ありがとう』と感謝するためだけに行動する。 父の言葉ともハイランダーの正義とも違う、なんというか背中がむず痒くなるがその感覚すら勲章のようでリッキィは紅茶の鏡面に映る自分に向かってこっそり笑いかけてやった。 人助けの喜びを噛みしめる少女を温かい目で見守る青年と女性に対し、アーサーとそれからハイランダーの青年は男を質問攻めに──男も命の恩人に構われ倒しにされ照れながらも嬉しそうに応えていた。 「名前ですか?無いですね」 「えっ」 ハイランダーの質問に男が答えた瞬間、リッキィの素っ頓狂な声が部屋に響き渡った。 ──今、この男は何と言った? 質問者であるハイランダーの青年は固まってアーサーは丸い目を更に丸くして、そして六つの眼から視線を注がれた男は不安そうに各々の顔を見渡した。 「名前が無いってお前本当かよ!?どうやって呼ばれてたんだよ!」 「基本は『おい!』って呼ばれてましたね」 「おいって……」 「はい」 「いや返事しなくていいのよ」 アーサーのド真ん中ストレートな質問もラクーナのフォローも微妙に意味が通じていないのか、大男は首を傾げて困惑気味の生返事をする。 ……今思い返せば、先ほどリッキィたちに挨拶をした時もこの部屋を訪ねて来た時も肩書きや来歴は説明されたが名前は言われなかった。 本当なのか、受付で何て名乗ったのか、仲間たちが男を質問攻めする中アーサーはあっと声を上げ男の前に躍り出た。 「名前が無いって話なら、いっその事このアーサー様がお前に名前をつけてやろうじゃねぇか!」 「本当ですか!?」 「アーサーが!?」 したり顔で胸を張るアーサーに、男が歓喜の声を上げたのとリッキィが驚愕に声を荒げたのは同時だった。 リッキィはキョトンとする男に向き直ると上に立てた人差し指をぐるぐる回しながら、これまで聞いてきた少年のネーミングセンスについて語りだす。 「言っとくけど、やめといた方が良いわよ。あなたは知らないと思うけど、この人魔物にヤシの木お化けとかパイロンヤドカリとか名付けるような奴なんだから」 「そんな名前にするわけねぇだろ!人の名前なんだから!」 アーサーが食い気味に反論しても少女は相変わらず生意気で、精々頑張れとでも言いたいのか少し悪い笑顔を浮かべて手をヒラヒラ振ってくる始末だ。 「っち!今に見てろよ……」 遺跡の壁の如き分厚い本棚を前にアーサーは難しい声を出しながら本を数冊取り出しては机に並べ、机が埋まってきたところで身を少し乗り出してこちらを覗き込んでいた男に手招きし自身も椅子に座り込んだ。 「でも、名前って勝手に決めてもいいんですか?」 「はぁ?別に良いに決まってるだろ。 オレん時はサイモンが決めてくれたんだ、名前じゃなくて誕生日だけどな」 「へぇ!サイモンさんが……!」 不意打ちを受けたサイモンのむせる声とギャラリーの騒ぎ立てる声が聞こえてくるがアーサーは気にしない。 学術書から小説、辞書から論文、はたまた遺物の押収記録といったあらゆるジャンルの本の城を前に果敢に挑みかかるだけだ。 エトリアでケルヌンノスやイワオロペネレプと戦った時と同じように! 「アーサー?調子はどう?」 「カレラン、ボーマン、ハル……ダメだ、それっぽい顔じゃねぇ」 ──何冊目の本だろうか。 閉じかけの瞼の代わりに分厚い歴史書を閉じたアーサーはラクーナの問いかけに片手を振るとそのまま本の山に突っ伏し、難攻不落の紙の迷宮に敗北したアーサーの姿にソファに座っていた仲間たちは苦笑いの声をこぼした。 ……サイモンのように調べ物があれば即座に目当てのページにたどり着く。 そんな芸当が出来ればいいのだが、どうやらそれは彼の専売特許らしくアーサー一人ではこの大量の本の迷宮を踏破するのは難しすぎた。 「うーん……お前名前のリクエストとかあるか? こう、選んで欲しい本のジャンルとかさ!」 「えっ!?」 突っ伏したままアーサーは頭だけ動かして隣でおとなしく指と膝をそろえて座っている男に話しかける。 相も変わらずこちらをキラキラした目で見つめていた男だったが不意に少年に選択権を譲られ、息を呑むのがハッキリと分かるほど身体を強張らせた。 ……本当にいいのか?と男が黙ったままアーサーの蒼い瞳をのぞき込んできたので頷いてやると男の表情と雰囲気が一気に明るくなり、そのまま男は小躍り気味に本や本棚を物色し始めた。 椅子の背もたれに腕を乗せて男の視線を追ってみるとオレンジ色の光はアーサーの持っている本から始まり、そのまま部屋をぐるっと見渡す。 ……迷っていたのは十分にも満たないだろう短い時間で、やがて男は机の上に置いてある編纂中のエトリアの魔物図鑑と地図を指差した。 「皆さんが探検した樹海にまつわる本がいいです。 これはまだ本じゃないですけど、アーサーさんたちと出会った思い出の場所ですのでもしよかったら……」 「そんなんでいいのかよ!うーん……遺物から付けるならあの本じゃなくてもいいか?」 勿論と首を縦に振る男に感謝を伝え、アーサーは本棚の近くにある鍵付きのガラス棚を開ける。 このガラス棚にはエトリアの迷宮……第五階層から回収した遺物が幾つも収められており、その中から少年が手に取ったのは第五階層の一角で拾った謎の缶だった。 表面は錆気味だが金っぽい色味の金属と赤と何かの絵が描かれたソレをアーサーは凝視する。 ……最近、サイモンに教えてもらって古代文字を勉強し始めた。 この缶に書かれた文字はその一環で初めて解読した古代文字だ。 ハイランダーたちや男と出会ったエトリアの地下迷宮で発見し、誕生日を与えてくれたサイモンと一緒に読み解いた思い出の品。 ──アーサーはこれだと直感した。 「よし!今日からお前の名前はサバカンな!」 「サバカンですね!素晴らしい名前をありがとうございます!」 その瞬間、ラクーナとリッキィは思いっきり吹き出し、あまりのショックにその場に崩れ落ちるサイモンをハイランダーの青年が支えた。 「アーサー……お前その言葉の意味分かってるのか」 「さぁな!」 「アーサーさんから頂いた名前ならなんでも嬉しいですよ」 「お前は甘やかさない!」 サイモンの鋭い言葉が飛び、異様にテンションが高かったアーサーと男は静かになると大人しく元の座席に戻った。 なぜか異様に誇らしげなアーサーとその太鼓持ちとなった男にサイモンは頭痛を覚えながらも彼らの前の席に座ると、錆びた缶を手に取って二人に見えるようにノートに古代文字と現代文字を書き出した。 「……これに書かれている『サバカン』っていうのは古代の食べ物の名前だ」 食べ物由来の名前なんて犬か何かじゃあるまいし……ため息交じりにサイモンが告げると二人は同じように首を縦に振る。 だが納得した様子の大男とは違ってアーサーは不満なのか上目で青年をうかがいながら小さな声で何かを呟いた。 片眉を上げて何を言ったのかサイモンが聞き出そうとすると、少年は嫌がりつつも少し言い淀みながら缶の方を見つめる。 「……だってサイモンと一緒に解読した単語だし、それならきっと良いかなって思ったんだよ」 「……そうか」 「サイモン正気に戻って!」 「じゃあネズミもありなんですか」 「だーかーら!!ネズミは食えねぇだろサバカン!?」 懐柔されたサイモンの肩を掴んで正気に戻そうとするラクーナに、ここぞとばかりに目を輝かせながらネズミと言い放つ男に鳥肌を立てて身を縮めるリッキィ、そしてネズミが美味しいわけ無いだろ!?とツッコミをかますアーサー。 ……ミズガルズ図書館の一室はもはや収拾がつかないほど混沌としていた。 「それじゃあもっとこう……捻る?」 「ほぅ……捻る、ですか」 不意に、これまで沈黙を続けていたハイランダーの青年が立ち上がる。 部屋中の視線が集中する中、彼は自分の前で平行に並べた両手をまるで見えない四角い箱を回すかのように動かす。 仏頂面のままひねるような、ずらすようなシュールな動きを(何故か男も一緒に)続けていると顎に手を当てて考え込んでいたリッキィが会得したと手を鳴らした。 「そのままだとあまりにもあんまりな名前だけど、少し響きをいじれば多少は良くなるんじゃない?……ってことよね」 「あら!二人とも良いアイディア!なんだか面白そうね!」 「俺は別にこのままでも良いんだけどなー」 「……やれやれ、それじゃあその方針で行くか」 ハイランダーの提案をリッキィがフォローし、そのまま流れるように面白そうだとラクーナが乗っかる。 名前の発案者であるアーサーはまだ少し不満そうだったが、サイモンの一声で仕方がねぇなといたずらっぽく顔を綻ばせる。 ──大男を助けたのはこの五人全員だ、なら全員で付けても悪くないだろう。 アーサーは心の中で頷くと自分たちに期待の視線を送る男に向かって親指を立ててやった。 「……アーサーと君が出かけている間に調べさせてもらった」 「俺の配属先のことですか?別に気にしてませんよ」 響きはどの地域よりにするか、どこまで原型を残すか、いっそ別の名前にしてやるべきか。 男の名付け合戦が加速する中、サイモンは仲間たちから静かに離れ男に耳打ちするとソファのローテーブルに複製した数枚の紙面を置く。 ……そこには男の様相と『ミズガルズ図書館:実動隊』の文字が黒く重い文体で記されていた。 「『実動隊』配属……君はこれがどういう意味なのか分かっているのか?」 「もちろんです。命令されれば殺しも破壊工作も、重罪の情報改竄もする……俺にぴったりじゃないですか」 ──ミズガルズ図書館には秘匿された闇の部隊がいる。 そんな噂をサイモンも聞いたことがあったがまさか実在するとは、それも知り合いが配属されるとは思ってもみなかった。 硬い表情のサイモンとは対照的に男はこれまで通りの頭巾越しでも分かる笑顔──ただ、これまでと違って目は笑ってない真剣な表情──で青年のメガネ越しの灰眼を見つめる。 「でも正式に入るには名前が必要で、それならぜひ皆さんに付けてもらいたいって思ってここを尋ねたんです」 男が空欄の名前欄を太く浅黒い人差し指でグルグルとなぞる。……その様子はまるで誕生日プレゼントをもらう子どものようにひどく無邪気で、そして強面には似合わない憂いをはらんだ目つきをしていた。 「……これじゃあ僕達のせいで君は」 「いいんです、どんな形でもサイモンさんたちのお役に立てるなら俺は何でもやろうってここに来た時に決めたんで」 どこかコミカルに、慌てた様子で男は両手を左右に振って顔を上げたサイモンに笑いかけると少し離れた場所に視線を向ける。 ──そこには男の名前を試行錯誤しながら、楽しそうに、和気藹々と考えているアーサーたちの姿があった。 「……俺にとって皆さんは永遠のヒーローなんで。 そうやって言ってもらえるだけで、俺は誰よりも幸せ者ですから」 男の言葉はこれまでのように豪快で明るい後輩の雰囲気ではなかった。 星の光、太陽の光を追うような憧れと希望、そして道を示してくれた感謝という温もりに溢れていた。 「あ!もし何かあったら言ってくださいね、世界の裏からでもすっ飛んで助けに行きますから!」 「……そうか、ありがとう」 噛みしめるように呟いた男だったが、すぐにいつものお茶目で明るい様相を取り戻すと少しだけ表情の緩んだサイモンの肩を掴んでウィンクしてきた。 ……彼の言葉が分からないほど、サイモンも愚かではない。だからその大きな手を握り返してやるのだ。 「おーい!!サバカーーン!名前決まったぞーー!!」 「アーサーうるさい。そんな大声じゃなくても聞こえるでしょ」 「ほら、呼ばれてるぞ?行って来い」 「……はい!」 部屋中に響き渡るアーサーの大声にうるさいと怒るリッキィ、そんな二人を宥めるハイランダーとラクーナの様子を見ていたサイモンは目を細めて笑い声を漏らす。 サイモンに肩を叩かれた男は深く頷くと自信満々に紙を突き出してくるアーサーの方へ歩き出した。 ……手渡された『最高の贈り物』をそっと開ける大男を誰もが固唾をのんで見守っていた。 こうして、ミズガルズ図書館の隊員としての正式登録のために男はアーサーたちと調査隊の一室を後にした。 ……男が手に持っているのは二つの紙。 ミズガルズ図書館所属者としての登録紙、 そして大男の懐に仕舞われた実働隊の登録紙の名前欄には男の字で『サヴァ・カーン』と書き込まれていた。
あとがき
SQXのギルド『ミズガルズ実働隊』のメンバー、サヴァカーンの昔話だよ。 カタギになるためのケジメとして、サヴァカーンは命の恩人に名前を付けてもらい過去の自分と決別したのだ! 時系列的には(新→Xの流れと仮定して)新1ストーリー終了後~新2ストーリー開始前のイメージ。 だとしたらどんだけスピード昇格してるんだこのガチムチ忍者…ってなるけど、それはこなしてきた仕事量って事で。働きすぎ。 ストーリーモードのキャラの視点から書くっていうよく分からないことをしているけど、こういう『他の人から見たキャラクター』っていうシチュエーションが好き。語り手と主人公ってやつ? アーサーはなんとなく弟分扱いがデフォルトになってそうだし、こういうシチュエーションに置かれたら鼻がグングン伸びそうで書いてて楽しかった、半分はそういうアーサーとそんな彼に呆れる仲間たちが書きたかったところはある。 メインに選出したのもそういう理由から。(一番ノリノリで対応してくれそう) なのでサヴァカーンの忍術は忍術半分錬金術半分なごちゃっとした術だったり。 (毒系=毒霧の術式、肉弾=光掌の術式、再現出来なかったので自爆のみetc…) ちなみに、アーサーが候補で上げてた名前はSF小説の登場人物の名前が由来。