嗚呼、誇り高き冒険者


メンバーがリチャードの顔色が優れない事に気が付いたのは数分前の事、現在のリチャードはその場に蹲って固く目をつぶっている。 一体どうしたと問いかける声やいぶかしげな視線にリチャードはゆっくり辛そうに頭を上げた。 「すみません……も、漏れそうです……!」 「最悪だ……」 仲間であるエチュードは呆れたように呟いた。 脂汗をかいて振り絞るように息をするリチャードの姿は抗争に巻き込まれ路地裏でその時を待つ鉄砲玉のようにも見える。 しかし今彼を苦しめているのは鉛玉ではなく圧倒的な腹痛と便意だ。 そこに何のドラマもロマンも無い。悲劇くらいはあるかもしれないが。 「ご、ごめんなさいっ……私がきちんとしていれば……」 「いや別に怒ってるわけじゃない。 だってお前が体調崩すとか珍しいし、その……アレ絡みだからちょっと動揺しだけだ」 動けなくなって数百回目のごめんなさいコールをエチュードは華麗にいなす。 いくら自分がエリートでも腹痛に効くような地味なルーンは専門外、エチュードに出来る事といえば少し離れた位置で見守ってやることだけだ。 もしも今想像できる中で最悪な結末が訪れるのなら汚物ごとリチャードを焼却処分すればいい。 「アリアドネの糸はどうだ? 街なら便所なんぞいくらでもあるだろ」 「ていけつあつさん無理です……一歩踏み出したら多分、出ます」 「あっそ」 「……あの、難しい相談になるんですが呪言で何とかできますか?魔物を操るみたいにこう…便意を」 呪術師であるていけつあつは恐怖で相手を操作する呪言を得意とする、これを使って無理やり我慢すれば何とか街のトイレまで間に合うのではないか。漏らすよりはマシだろう。 「ふーん、いいのか。使って」 その言葉を聞いたていけつあつは一瞬間をおいて、口角をにんまりと歪めて笑う。 この時になってやっと、リチャードは自分が途方もなく愚かな提案をしたと気がついた。 「あの、あ、いいです大丈夫です!こんな事を頼むなんて恥知らずでした!」 「遠慮するなよリチャード?仲間のピンチには協力してやんねえとなぁ」 「あーっ!我慢できます頑張れます!やめてください!鈴仕舞ってください!誰かーっ!!」 ……ていけつあつの企みはエチュードの炎の印術で何とか阻止されたものの。 解決策が存在しないこと、体の出口がそろそろヤバイと警笛を鳴らしていることにリチャードは真っ青になって震えていた。 最早肉体も精神も限界でありもう一押しすれば仲間内でのリチャードの名誉は木っ端みじんになってしまうだろう。 「ここで出せばいいじゃん」 「えっ!?」 三人の沈黙を破ったのは危機的状況の隙をついてパンと弁当を貪っていたアモロだった。 しかし彼の提案は”あまりにもあまりにも”な物だ。 「それだけはちょっと!勘弁してください!!」 「大丈夫だってリチャード!オレたち耳塞いでおくから!」 「おい、そういう問題じゃなくて! 人間の誇りとか立場とかあるだろーがっ!?」 リチャードに続いて顔を真っ赤にしたエチュードがアモロに反論した。 いくらサバイバルとはいえ大自然の中で臀部を出して、必死な顔で気張るというのはあまりにも悲惨だ。 自分たちは歴とした人間なのだから。 ていけつあつ辺りならするかもしれないが。 「エチュードさんの仰るとおりです……、それにここで出したら他の冒険者の方に見つかるでしょう!」 「砦を壊せば良くない?」 「!?」 「砦を壊せば『迷宮の固定化』が失われて、なんかまたメチャクチャなフロアになるらしいし」 「私の粗相を隠すために砦を壊すんですか!?」 リチャードのツッコミは最もだった。 確かに不思議のダンジョンの力で隠してしまえばもう誰にも犯行の痕跡は見つからないし見つけられない。 だが砦はアモロたちだけではなくオーベルフェの冒険者たちがお金を出し合って作った公共物だ、それをたった一つのトイレ隠蔽のために破壊するのは外道としか言いようがない。 バレたら永遠に酒の肴にされるだろう。 ウンコを隠すために砦を破壊した面白冒険者として…! 「クソどうでもいいから、漏らすか壊すか早く何とかしろよ」 「俺は絶対反対だぞ! アレのために貯金を切り崩すとか絶対許さん! ていうか砦の中にトイレ併設されてるだろ!」 「あそっか!エチュード頭いい〜」 「生活が掛かってんだぞ!たかが排泄物に!!この屈辱が分かるか!?」 「み、皆さん……」 呑気に舌を出してツヤツヤの笑顔を浮かべるアモロ、それを射殺さんばかりの視線で見つめるエチュード、手持ち無沙汰に鈴を振り回しているていけつあつ。 リチャードは今すぐ泣き出したくなったがそれでも今はウンコの排出が先だ、仲間が提案してくれたものを無駄にはできないのだ。 「が、頑張ってみます。砦に行くの」 「……」 リチャードは決めた、効率よりも人としての尊厳を選んだのだ。 三人が見守る中、リチャードは漏らさないように息を止めた、下肢を引き摺らせて移動しようとしているらしく辺りにはブーツと洞の道が擦れる軽い音が響いていた。 ゆっくりであるが確実な歩み、それを見ている内にアモロたちは段々と平静さと退屈さを取り戻し、誰ともなくお喋りし始める。 「砦ならそこだし間に合うかもな、あー残念」 「おい、ていけつあつ」 「なんだよ。俺が折角いい呪術師になれる『かもしれない』チャンスだったのによ」 「でもリチャードの尻が無事で良かっ――」 その時だった、洞窟内に爆発音が響いたのは。 耳の近くで花火が打ち上がったかのような爆音、それに続いて男の低い啜り泣く声とトイレの臭いが漂ってきた。 「あー、リチャード。その、豪華砦でよかったな」 「……はい」 砦に併設された宿のような部屋、その中にリチャード達は居た。普段のゆるい雰囲気はどこにもない、彼らの間には爆音の後の静けさが未だに残っていた。 ……あの悲劇が起こった後、赤くなったり白くなったりするリチャードを連れて赴いた砦。 最高級であるこの砦にはトイレは勿論、シャワールームや簡易的な洗い場まで設置してあったのだ。 「見張りの奴ら、絶対リチャードが漏らしてたこと気づいてただろうな」 「!!うぅ……!うぅぇ……!」 「表出ろ、ていけつあつ」 ていけつあつの心無い言葉にリチャードはびくりと肩を跳ねさせるとすぐに風鳴のような低く恐ろしい声で泣きじゃくった。 あいつら、というのはこの砦を担当していた冒険者だ。彼らは困り顔の三人と腰に布を巻き付けたリチャードを見て、何も言わずに部屋に通した。 彼が何を思ったか知る由もないが多分察していたのだろう。 一名は”経験者”だったのかその眼差しには深い悲しみを宿していた。 「泣くなよリチャード。一応スッキリしたしアリアドネの糸も節約できたしさっ!」 「ゔ、ゔぁ、ゔおぁぁぁぁん!!」 「ほら、お菓子食べて泣き止もうぜ!」 部屋の外から熱気と悲鳴が響く中、アモロはリチャードの口にお菓子を突っ込んでいた。 無理やり突っ込まれたお菓子で頬をリスのように膨らませられたリチャードはいつまでも泣きじゃくっていた。

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更新履歴

・2024/12/03:CSSを更新 ・2023/09/11:第1版