ハナト教
概要
ハナト教はとある山奥の寒村「ハナト村」に根付いた土着宗教。
「死」そのものが神である一神教で、「死は救済」という独自の教え・死生観を持っている。
シンボルはトリカブトと銀。
教義
①死は救済
・人は生まれた瞬間から罪を背負っており、生きることは贖罪。死をもって救済され、苦しみから解放され赦される。
なによりも死は苦しみを伴う物ではあってはならない。
②欲望の否定
・生きたい・楽しみたい・勝ちたいといった欲望はさらなる罪や争いを生むので、欲望を抑えることが正しい生き方であり禁欲を重んじる。
③運命の受容
・全ての人類は生まれた時点で罪を背負っており、どんな苦しみもまた神の与えた贖罪の一部。
抗わず、ありのままを受け入れ死の救済を信じる事で赦される。
儀式
ハナト教における代表的な儀式は『誕生』と『葬儀』と『代慈』である。
儀礼色は紫・白・銀。
誕生
ハナト教にとって誕生とは贖罪のために苦難を負うものであり、そのため珍しく中絶が罪ではなく選択の一つとなっている。
子を産むことは子へ赦しに重要な贖罪の機会を与えるものだが同時に苦しみを背負わせる覚悟が必要な事、そのため中絶は生の苦しみにその魂を巻き込まない慈悲とされる。
なので新生児は贖罪を選んだ勇敢なる者として共同体に迎え入れられ、親も子供の魂に苦難や贖罪を与える事を選択したので育ての義務や贖罪の意識が強くなる。
新生児が生まれたらまず聖別されたトリカブトの灰を薄く混ぜた湯で沐浴させ、司祭から銀製のハナト教のシンボル(心臓の意)とトリカブトの花を受け取り洗礼・聖句を受ける。
そして村に保管されている者の中で一番古い心臓を灰にしたものを新生児やその家に撒いて「罪の継承・心臓の元となった故人が新たな信徒を導き守ってくれることを祈る」ための『罪の儀』を行い、これで「信徒・村人」として正式に数えられる。
葬儀
ハナト教では死=解放・救済・赦しと捉えられるので儀式ではあるがむしろ祝祭的な色合いが強い。
村のあらゆる場所がトリカブトや様々な花で飾られ、特に遺体の周りや祭壇は小さな花園の如く華やかで明るい。
参列者たちも泣き叫ぶことは少なくむしろ微笑みや喜びに満ちており、死者は『贖罪を終えた模範的存在』として尊敬を集める。
まず遺体は教会へ運ばれ、司祭や教会関係者により聖油やトリカブトから作られた特殊な灰で洗い清められる。
そして司祭が聖別された銀のナイフで遺体から『罪の核』とされる心臓を取り出して、心臓をトリカブトと薬草で作られた保存用酒入りの特別製の銀製の箱に詰める。
これは贖罪の証として共同墓地や各家庭の祭壇に安置される。
心臓を取り除いた『罪の器』である身体は清めて神に還すために、まず教会で『死の祝福』という故人との別れの挨拶・司祭が正式に祈りや聖句を捧げるといった儀式が行われる。
形式上の悲嘆の言葉はあるが、最後は必ず「死の救済を祝う」笑顔で締める。
この儀式が終わると身体は村にあるトリカブト畑に埋葬(野ざらし)される。
歌を歌い笛や弦楽器を鳴らし、明るい調べと花びらを撒きながら進む葬列はさながらパレード。
トリカブト畑に辿り着くと遺体にトリカブトの花や種を撒かれる。
これは「トリカブトの毒が悪いものから死者を守ってくれる、身体に残った罪を浄化してくれる」という解釈。
トリカブトの花畑で死者の心臓と身体を切り離す儀式が終わると『死の宴』という故人への感謝や尊敬、死の救済を祝う宴が開かれる。
この宴では『死者の公徳』にあやかって山鳥の卵や酒や甘味を楽しめる貴重なイベントで、故人への感謝と同時にいずれ自分もこんな風に救われると実感・励まされる。
『代慈』
だいじ、と読む。
「死は救済」という教義を、最も直接的に体現する制度で瀕死や重病で苦しむ者に、神の代理として死の救済を与える行為。
生が贖罪であるハナト教徒にとって神の赦しなく命を絶つという行為は本来なら禁忌だが、苦しみぬく死も敬遠されるものである。
類似の概念としては「介錯」が近い。
『代慈』は本人または代理人(家族や薬師など)が依頼し、教会内で「本当に救済を与えるべきか」を判断され認められると執行者が教会の中から決定される。
執行者はすみやかに苦しむ者の元に向かい聖句・祈祷の儀式を行い、専用の短剣やトリカブトの毒酒などですみやかに死を与える。
『代慈』による死は通常の死よりも特に尊い死とされ葬儀は手厚く執り行われる。
改宗
ハナト村にはたまに傷ついた旅人や猟師が訪れる事があり、そのまま改宗・移住することもままある。
改宗の儀式の大部分は誕生の儀式と同じだが、それまで贖罪を意識せずに生きてきたとみなされるのでハナト教徒として生まれ直すために儀式を行う必要がある。
まず教会で聖別されたトリカブトの灰に加え銀粉を混ぜた水で全身を洗い流して洗礼を行う。
渡される銀製のシンボルは三つの円の内ひとつの円の一部が欠けた形で、トリカブトから抽出された聖油をほんの少量服用する。
これで「外界での生を終え、新たにハナト教徒として生まれる」とされる。
…トリカブトエキスで死んだらどうする?
それに関しては教会側が相手に合わせて安全な量を厳密に調整しているし、もし死んでもそれは「神がその罪深さを憐れんで救済してくれた」になるので問題なし。
…え?ハナト教徒をやめたい?そんな儀式ないよ
シンボル
ハナト教で特別な意味を持つシンボルは主に『トリカブト』『銀』『オオカミ』など。
マーク
トリカブト
ハナト教にとってトリカブトは『神の象徴』と『救済の花』を意味する。
ハナト教の成立当初から青紫の幻花が神の象徴として考えられていた。
そして弾圧により現在の山に逃げてきた際に言い伝えとそっくりな『トリカブトの花』と遭遇、そして襲い来る野生のオオカミや獣にこの花の毒を塗った矢や武器で戦うと、獰猛な獣が眠るように死んでいくその姿からトリカブトの花が救済の花とされ、以降トリカブトの花を信仰するようになった。
トリカブトの花は猛毒だが昔からハナト村の住民は長年トリカブトの毒に接していたため耐性を獲得し、独自の薬学を発展させた。
しかし過剰摂取が毒であること・そして何より神がもたらした救済の花であることには変わりないので、子供には「トリカブトは神の花、口にしてはならぬ」と幼少から教え込み不用意に折ったり踏み荒らしたりしないように心掛けている。
銀
ハナト村の近くには高純度で不純物が少ない天然の銀鉱山が存在する。
唯一安定して手に入れられる金属資源なのでハナト教では『神の肉』『清浄なもの』と信仰されており、柔らかい銀の強度を補うために独自の鍛冶・加工技術が発展している。
日用品にも普段から合金ならぬ合銀が用いられているがハナト教で重要な祭具、シンボル、”代慈”用の短刀などはすべて純銀製。
基本は外部へ銀を流さないが、飢饉や危機の際に限り「神の御裾分け」として麓の村に少量を卸すことがある。
採掘場の奥には幻覚性・致死性のガスが噴き出す場所があり、銀鉱山自体が神の座す聖地とされている。
そのため信徒は一生に一度はこの聖地を訪れるのが理想とされているが、採掘を行えるのは敬虔な信徒のみ。
外部の者は立ち入り禁止。
オオカミ
ハナト教全体で見ると『オオカミ』の歴史はまだ新しいが重要な意味を持っている。
弾圧で現在の山に逃れてきたハナト教徒たちにとってオオカミの存在は大きな脅威であり、そして神の花と崇めるトリカブトの毒によって倒れる事から『神の影』と呼ばれている。
これには”神の使徒である自分たちとは違ってオオカミに産まれたから贖罪できず、代わりに信徒を食べて自分も死の救済を得ようとしている恐ろしくも悲しき存在”と『敵ではあるが、神の花で抑えられ、救済を待つ存在』という解釈があった。
なのでハナト教内ではオオカミを退ける・仕留める事は一人前の信徒の証であり、仕留めたオオカミの毛皮や牙は様々な素材として扱われる。
他にもオオカミに襲われて死ぬとハナト教において大切な『心臓』が回収できない事があるのでオオカミによって殺されたものは神の影に呑まれたと扱われ、加害オオカミか別のオオカミと共に丁重に葬られると同時に次に生まれた子供に信徒の名前を付けて、贖罪が半ばで終わってしまった信徒が子供を守り共に救済されることを願う。
暮らし
ハナト村は高山地帯の山奥に存在し自足自給の生活を送っている。
外の世界は「罪に満ちた世界」として能動的な繋がりはほとんどないが、上記の通り神から与えられなかったもの(=鉄・海塩など)・やむを得ない場合(疫病や飢餓)は代表者(教会関係者や改宗した元外来人など)が山麓の町へ行き、銀や薬草などと必要資源を交換する。
偶然迷い込んだ旅人や傷ついたものは「神の導き」として保護されるがそのまま外に帰すのは贖罪・救済の機会を捨てさせるとして原則は改宗して定住させる。
罪深き外の世界から持ち込まれた物はまず銀に触れさせて清める。
食べ物
主食は根菜・山菜・キノコ・狩猟で手に入れた肉類(少々)など。
水源はあるが冬は厳寒、近くに鉱山、高山地帯の山奥で畑を作るのが難しいので保存食文化が発達している。
食事は欲望を刺激するものなので身体を維持することが目的だと考えられており、普段の食事だと調理はシンプル・味付けは塩や防腐用の薬草など必要最低限。
葬儀や誕生や春の開墾や秋の狩猟といった祭事の食事は欲望ではなく”神や故人への感謝・尊敬”を示すための食事なので普段は希少な卵・甘味・酒が少量だが許される。
ちなみに祭事で飲まれる酒と普段の酒は大きく違い、催事用の酒は教会関係者によってのみ製造され神との交信にも用いられるもので低度数で芳香高く甘い、そして酩酊というより幻覚に近い霊的陶酔に陥る、しかし通常時の酒は度数が高く苦みとえぐみが強い。(気付け目的)
歴史と派閥
初期のハナト教は「死は救済」「人は生まれながらに罪を背負っている」の教えを極端に推し進めており、罪を生み出す生きることそのものを否定的に考えた結果、ハナト教以外の人々を”救済”して回っていた。
(原初派)
しかしその過激な行動が既存の宗教や国家に危険視され連合的な弾圧・排除により原初派はほぼ壊滅。
一部のハナト教徒の生き残りは都市から遠く離れた高山地帯へ逃れた。
生き残りたちは弾圧へのトラウマから外界との接触を極端に減らしつつも「死は救済だが、生きることは罪を贖うために与えられた試練である」と教義を穏健化させ、生を否定せず贖罪の過程として肯定するように変化した。
(旧派)
この頃からトリカブト・銀といった物体を明確に扱いだし、現在に残る伝統的信仰・戒律の多くはこの時代に作られた。
だが年代を重ねるにつれ、飢餓や疫病などどうにもならない状況を打開するために山麓の町へ資源を買いに行ったり、冒険者や旅人といった外来人の流入が増えた結果村の若者を中心に「今までのハナト教は閉鎖的すぎる」「新たな時代の為のハナト教が必要だ」との不満が芽生えた。
(新派)
それにより村内では「旧派(我らは追放の民であり、外に出ればまた迫害される。ここで罪を贖い、静かに救済を迎えるのが最も正しい)vs新派(外から来た旅人も救われている。ならば外に出て、もっと多くの人に“死の救済”を説くべきでは?)」という緊張関係が強まっている。
原初派
人々の争いや悲劇が「幸せになりたい」「生きたい」という根源的な欲望によって起きる事に思い悩んでいた開祖の”青紫の花に包まれた神が死によって人々を救済する”という予言から始まった。
「死は救済」の教えを至高としており信徒だけではなく各地で信者以外にも死による救済を強要・実行していた。
それらの過激な行動により既存の大宗教や国家権力によって排斥・殲滅された。
現在はハナト教会の地下書庫に原初時代の聖典や記録が残されているだけで閲覧も禁じられている。
旧派
原初派の中でも穏健で、ハナト教狩りから逃れた山奥の生き残りたちによって改定された。
「死は救済だが、それは自然に訪れるもの」「清らかに生き、死を受け入れることこそ信仰」という現在のハナト教の基礎を築いており、自給自足的な共同体を形成した。
新派
外来人の流入により外の世界を知った若い世代の「生きながら赦しや救いを求めてもいいのでは?」「外に出て”死の救済”を広めるべき」という思想から生まれた。
柔軟でありつつも、ある意味これまで信じられてきた「死は救済」に真っ向から対立する意見であり旧派との摩擦を生んでいる。
現在は旧派の司祭とその息子である新派の見習い司祭という火種がある事もあってか、平和な村は水面下で対立を募らせている。
神、或いは『死』
ハナト教で信じられている神、或いは『死』の正体は強力な幻覚・錯乱・致死作用のあるガスそのもの(あるいはガスを放出する”ナニカ”)である。
このガスはかつて原初派がアジトにしていた洞窟や、ハナト村の銀鉱山など地上の様々な場所で発生する。
吸い込むと激しい幻覚・錯乱・恍惚を与えると同時に細胞を死滅させる強烈な毒性を持ち、最終的には眠るように死亡する。
『ハナト教』のシンボルも実は近くにあった看板のバイオハザードマークが元となっている。
…開祖・信者たちが見た「青紫の花」も「楽園」も「神の声」も「啓示」も「死の救済」も、その全てがガスによる幻覚作用の産物でしかない。
だがそんな事を敬虔な彼らが知る由もなく、原初派は「聖地で死ぬのは神に抱かれる究極の救済」、
旧派は「聖地は神の声を聞く場であり死に場所ではない」、
そして新派は「聖地に行かなくても日常で神は感じられる」と考えており、神の正体を知る者はいない。
関連キャラクター
ピエタ
ハナト教徒。(中立→原初派)
元は旧・新派どっちつかずだったが水面下の争いに疲れ果て偶然教会の地下室で原初派の教典を読んだことで啓示を受けた。
(一応現時点だと)教会は旧派寄りなので表向きはそっち寄りになっている。
聖者カルペデ(カルぺ・ディエム)
ハナト教開祖の一人であり薬学に優れた人物。
ハナト村の医学・薬学はこの人物の研究を基準に行われ、彼の理論から逸脱する医学・薬学は外界と友好的な新派信者を除き許されない行い。
特定種の毒や病(アコニチン系統、神経など)に対する知識は外界以上だが、それ以外は外界に劣る。
小ネタ
・カードワースの自シナリオ『トリカブトの村』(店シナリオ)の元ネタ。
ただし作成当初は旧バージョンのハナト教だったので後でアップデートしなきゃ…
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裏設定
・初期版から思いっきり設定が大幅変化した項目。
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更新
2025/10/13 New ver. 設定の大幅変更・調整により新たにページを書き直し。