1
……アモロ観光局と真祖との戦いが終わって数時間後、海都の港では海都の腕章を着けた衛兵と冒険者たちが少し古風な船に食料や水を積み込んでいた。
「本当に深王さまもお姫さまも旅立つんだね…」
「ええ。 フローディア様とも相談した結果、正式に決定しました」
積み込み作業をしていた白兎は木箱を置くと窓にもたれ掛かって、慌ただしく港を走り回るアモロ観光局の仲間たちや衛兵を眺める。
あちこちから指示の声が飛ばされ木箱が終わりなく運ばれてくる光景は昼間の市場とよく似ていた。 アーモロードで最後に見る景色としては日常過ぎるがそれも良いのかもしれない。
「大団円になったのはいいけどさー、あの二人、幸せになったのは良いけど全部私たちに任せてどっか行くなんてちょっと無責任すぎない? オランピアの事も魔の事も後はよろしくってさー」
「あら、尻込みしなくても良いと思いますよ!白兎さまも深王さまに選ばれた戦士の一人なんですからね」
「……そういう意味じゃないんだけどなー」
トコに窘められながらもほっぺを膨らませた白兎が視線を向ける先には、淡く照らされた桟橋で仲睦まじく語らう深王とグートルーネ姫の姿があった。
……冒険者が手に入れた白亜の供物によって失われた記憶を取り戻しフカビトの支配を逃れた深王とグートルーネ。人であり人ならざる彼らは人として生きる為にアーモロードを離れる決断を下したのだ。
「最初に姫さまから旅立ちの計画を聞かされた際は驚きましたわ、クジュラさまもですよ!」
「え!?あの人も驚くことあるの!?」
「ふふ、珍しいですよね。でも誰よりも先にフローディアさまが『その件に関しては全責任を負うから、幸せになって』と仰ったんです。 姫さまと会えなくなって誰よりも悲しいのはフローディアさまなのに……まさに真の愛と友情ですわ!」
「急に興奮しないで!?」
それからも白兎たちは窓枠に肘をついて出港準備の進み具合や相も変らず話し続ける兄妹を眺めていたが、姫君とフローディアの友情を讃え続けていたトコが不意に静かになった。
「……それに今のお二人にはもう魔と渡り合う力がありませんもの。姫さまはそれを踏まえてアーモロードから出ていく事にしたのでしょう」
「そっか……そうだよね」
「……よし!白兎さまも旅立ちのお手伝いをしましょうね!」
「ふふ、了解!」
しんみりした空気を払拭するようにトコたちは勢いよく立ち上がると調理場へと向かった。 料理が得意ならば、グートルーネ姫が好きだった物を作って送り出すのが従者としての責務である。それに姫さまはおしゃべりも好きだから色んな話をして楽しませなくては。
「ネイピア商会謹製の海難避けのアミュレットの取り付けが終わりましたよ……いらない気もしますけどねぇ」
「まぁこの船自体深都のオーバーテクノロジーが使われてるってオランピアが言ってたし、あたしたちは保険みたいなものなんじゃないの?」
それはまた豪勢な保険ですねぇ、とヨグは少しからかうような口調で呟いて金属製の大きな船を見上げる。
……ザイフリートとグートルーネの旅立ちの話を聞かされたアモロ観光局も二人のためになにか出来ないかと考え、相談した結果出港の見送りや手伝いをする事にしたのだ。
海賊であり航海士であるテオドラは海域や航路の話をしたり、占星術師であるヨグは海難避けのアミュレットを船体に設置したり、トコたちのように何かしら個人で出来ることをしていた。
(流石に八十の『プレゼント』はやんわり断られたが)
勿論、アモロもザイフリート様のためにと貯蓄を叩いてアーモロード土産を買ってきたり選りすぐりの品を港に積み上げながらせわしなく走り回っていた。
2
気がつけば水平線の近くには暁星が浮かんでおり衛兵たちが積荷を最終チェックする声が聞こえる。 もうすぐ来る出航にアモロは気合を入れ直すと腕まくりをしてから筋肉痛の足でレンガ造りの道を蹴っ飛ばしていく。
「未来のオレ!」
「ん~?」
ほんのりと青みがかった空へ溶け込むように『未来のアモロ』が建物の柱に身を預けていた。未来からやって来たアモロの成れの果て、アルティメットアモロは過去の自分に気が付いて口を閉じたまま適当に返事をする。
いつも通り明るく何も考えて無さそうな顔のアルティメットアモロは普段からは考えられないほどおとなしく、なんと港に来てから何もせずにただ水平線を眺めていたのだ。
生粋のザイフリート狂の彼としてはにわかに信じがたい挙動にアモロは首をかしげる。
「元気無さそうだけど大丈夫?」
「大丈夫!」
心配するアモロに対してアルティメットアモロはにっと歯を見せてサムズアップする。彼の笑顔には悲しみをひた隠しにしている様子はなく、ただ本当に何もしていないだけらしい。
「そろそろお別れの時間だぞ、未来のオレもザイフリート様とお喋りしようぜ!」
「んー……オレは良いかな」
「えーっ!!?」
あまりの衝撃発言にアモロは驚きのまま絶叫する。アルティメットアモロも口と目を大きく見開いて固まった過去の自分に困惑していた。
「未来のオレの偽物か!?」
「偽物じゃないぜ!!」
「でもでも何で!?ザイフリート様ともうお別れしちゃうんだぜ!?未来のオレが一番お別れを言うべきだぜ!」
アルティメットアモロの視線の先には船の前で語らうザイフリートたちと彼らを支えた家臣たち、それにアモロ観光局の姿もあった。語られる思い出話に時に笑いながら、時に懐かしみながら僅かな猶予と団欒を噛みしめている。百年の歳月を得て遂に取り戻した幸せ、だというのにアルティメットアモロはその場から動こうとしなかった。
「ザイフリート様は大切な人と結ばれいつまでも幸せに暮らしましたとさ、これで完全無欠のハッピーエンドだ!ザイフリート様が幸せになったからオレのお仕事はこれでおしまいだ、眺めてるだけでも大満足すぎるぜ」
満足げに頷くアルティメットアモロには一点の未練や後悔のシミも無い。目もキラキラしているし胸もしっかり張っている、声だって感情のゆらぎも喉に詰まる空気音も聞こえない。
この結末をアルティメットアモロは心から肯定している。なのに満ち足りた感情が欠けているのだ。
「……未来のオレってザイフリート様が居なくなった後はどうするんだ」
気がつけばアモロは少し前にテオドラから投げかけられた問いをそっくりそのまま口にしていた。 アルティメットアモロがどうかは分からないが、考えすらしなかった自分の根本を問われたアモロはそれからずっと頭の片隅でその答えを考え続けていたのだった。
同族の匂いのするオランピアにも問いかけたことがあるし、真祖からは助言も貰った。深王の旅立ちを知らされ、愛する人の喜びと別れの悲嘆に暮れる深都の民を見て答えを出そうともした。
「オレはまだ分からないんだ……未来のオレは」
「変わらない!ザイフリート様とアーモロードが幸せならそれでいいぜ」
アルティメットアモロの答えは先ほどと同じでザイフリートの幸福を肯定する物だった。未来の自分は何倍も頭が良いし知らない事を沢山知っている、それに同一人物ならこれまでと同じく思う事も同じに違いない。
「そう……なのか!」
「そうそう!これ以上求めるものは無いぜ!」
「おーい!そろそろ挨拶の時間だよー!早くアレ持ってこっち来なよ!」
「今行くぜ!」
アモロたちは互いの意見を確かめ合うのも程ほどに笑いながら、最後の挨拶を済ませるために船の元へと駆けて行く。
……時が来てもアモロの心は答えを導き出せず、アルティメットアモロでさえも答えが出ていないことに気が付かなかった。
「そろそろ出港ですよ」
「そうですか」
「八十さんは休憩なしで動けて羨ましいですねぇ…私は一週間は筋肉痛ですね」
準備を終えた八十が船を何となく手で撫でていると暇に見えたのかヨグはボラードの上に座りこんで肘をつく。
「八十さん、復讐の方は宜しいのでしょうか?」
「はい」
「勅命だとお聞きしましたがぁ……」
祖国の怨敵の出航が迫るというのに八十は相変わらず淡白な受け答えを返すばかりでヨグは苦笑いするしかなかった。
あまり考えられないが復讐が彼女にとってさほど重要ではないのか、奇襲に打って出るというのなら分かるが素手でやるつもりなのだろうか?
質問の意図を理解しようと八十はしばらくヨグの顔をじっと見つめていたが、やがて興味を失い海を眺めだした。
「興味が無いので。 それにザイフリートよりも魔の方が強そうですし、役立ちます」
「……そうですかぁ」
「はい」
3
……出港準備を終えた船の前に全員が集まる頃には、東の空が白み始めており旅立ちの船の輪郭があらわになっていた。
「もうお別れなんだね、グートルーネ……幸せになって頂戴」
「フローディア……私たち、離れていてもずっと友だちですからね」
何度目になるか分からない親友との抱擁を交わすとグートルーネはトコとクジュラの元へ歩み寄る。
少し赤い目をしているトコと対照的にクジュラはいつもの涼しい顔だったが、やはり思うところがあるのかその目つきは年相応に柔らかい。
「貴方たちも今まで私に忠義を尽くしてくれてありがとう」
「貴方様に忠誠を誓った者として当然の事をしたまでです」
「同じく当然の事です!姫さまが幸せになるお手伝いができるなんて、私うれしくて……!」
興奮を察知したクジュラに頭を押さえつけられトコはうぐぅと鳴き声を発し、フローディアとグートルーネは少女のようにくすくすと笑った。それでも嬉しそうなトコは照れ笑いを浮かべて背筋を伸ばす。
初代の侍女からの悲願を達成したトコとクジュラの胸には王家の紋章があしらわれた海都十字章が輝いていた。
「私がいなくなった後はフローディアの事をよろしくね。あの子は少し真面目過ぎる所があるから……そういえばフローディアがトコくらい若かった頃にね」
「ちょっと!その話は若いのが調子に乗るからダメだって言ったじゃないか」
「まあ、私たちの青春の思い出よ?話しても良いじゃない!」
……大げさな動作で思い出を話し出すグートルーネと恥ずかしがるフローディア、そんな彼女たちを深王は少し離れた位置で温かい目で見守っていた。
「深王さま、百年間ありがとうございました」
「オランピアか」
冒険者の入れ知恵か、深王の元に駆け寄るオランピアの手には小さな包みが握られていた。不安そうに見守るオランピアの前で包みを開くとそこには深都を模したスノードームの置物が鎮座していた。
「深都の事を忘れないで欲しい……と、深都の民からの贈り物です」
「『深都の民』か、分かった。素敵な贈り物に感謝すると伝えておいてくれ」
「オランピアー!ザイフリートにプレゼント渡せたかー!?ギャーッ!!」
その現場を目撃して走って来るアモロをオランピアは冷静に迎撃する。
いつものように死にはしない程度の怪我を負わされたアモロはテオドラたちに支えられながら二人の元へ辿り着いた。
「へへ……その様子だと大成功!って感じだな」
「……今回は見逃す。次は無いと思え」
「はーい」
適当な返事をするアモロをオランピアは睨みつけるがそれだけで、深王は微笑ましい二人のやり取りに目を細めつつ冒険者たちの方へ向き直る。
「改めて……卿らの尽力に感謝しよう」
「いや、あたしたちも自分の意思に従って行動しただけだし……」
堂々とした深王とは相対的にテオドラは口癖となった言い訳を口にしていた……何度経験しても褒められるのに慣れない。テオドラは内心いつまでも内気な自分に呆れつつも悪くはない気がした。今回の道のりは例外処理が多く頭痛薬が欠かせなかったがそれでも丸く収めることが出来た訳だ。
(……まぁ今くらいは胸を張ってもいいか、『あいつ』ならそうするだろうし)
「何か考え事ですかねぇ」
「いや別に……」
「あ!ザイフリートさま待って!オレたちからも贈り物あります!!」
アモロ観光局達に見守られながら舷梯を上がって行くグートルーネと深王の元にアルティメットアモロが息を切らしながら待合室から走って来る。
少し恥ずかしそうにしながらもその腕の中には白い花と青い花の敷き詰められた花束が抱きかかえられていた。
「真打登場!」
「アモロ様、リーダーとしてよろしくお願いしますね」
「うん、ザイフリートさま!」
仲間たちからの歓声と最後のサプライズプレゼントに目を丸くして驚き、そしてにっこりとほほ笑む兄妹の眼差しを一身に浴びながらアルティメットアモロは堂々と前に進み出ると花束を掲げた。
何もかもが完璧な瞬間だった。だがアモロと目が合った瞬間にアルティメットアモロの脳裏で先ほどの質問が想起する。
(これが終わったらザイフリートさまは行っちゃうんだな……)
何の問題も無い。 なのに深王が行ってしまう事実がちらつく度にアルティメットアモロの世界のスピードがゆっくりになって色あせてゆく。
聞こえていた歓声も小さくなって、まるで自分一人だけ静かな世界に取り残されたような気分になる。ダメだと心臓が早鐘を打っている。吐き気がする。 この結末を受け入れられない。
そして幸せそうな二人が花束を手にした瞬間、アルティメットアモロの世界がいきなりにじむ。
4
「!?あ、あれ?」
「大丈夫ですかアモロ様!?」
一瞬にして溢れだした涙で視界を奪われたアルティメットアモロはその場でたたらを踏み、即座にトコが駆け寄った。 転倒は免れたがそんな事は気にならない程にアルティメットアモロの状況は異常だった。
「お、おかしいな……」
「アモロ…?」
アルティメットアモロはおかしい、おかしいと繰り返しながら何度も涙をぬぐう。 駆け寄った白兎も背中をさすってやるがアルティメットアモロは一向に泣き止まない。
「ザイフリート様はいますごく幸せ、なのに、オレ、どうして笑えないのかな」
「幸せになった、なのに、なんで、オレは幸せな気持ちになれないんだろう!? 何度もアーモロードを冒険して、世界樹を踏破して、真祖も倒して、世界樹から解放されて、ハッピーエンドなのに……」
「アモロ……」
「あ!そうか、オレ幸せすぎておかしくなっちゃったのかな? いや~参っちゃうぜ!お前らもそうだよな、オランピア、テオドラ!」
「……」
「だってザイフリート様すごく幸せで、オレは分からなくて、どうして」
何故泣いているのかも分からず、アルティメットアモロはテオドラとオランピアに縋りついた。彼女たちは苦々しい顔つきのまま何も答えないが彼を無理やり引き離すことはなかった。
アルティメットアモロはその場にへたり込むと力の抜けた体で縮こまって動かなくなった。
「どうして、なんで……ザイフリートさま?なんでこんなに悲しい気持ちなんだろう!?」
「あ……」
アモロは泣きじゃくる未来の自分を見つめていた、未来のことを知り自分の何倍もザイフリートの役に立てる彼がザイフリートの幸せを持って絶望している。
どれだけ思っても心には届かない、どれだけ尽くしても彼は振り向かない、どれだけ捧げても何の興味も抱かれない、自分の全てを焚べても路肩の石と変わらない。 彼を押し留める事は出来ない。
答えは簡単で、彼にとって自分は愛を返す価値が無いから。
──未来の自分も、今の自分も本当は悲しかったのだ。
「なんで、なんでオレ泣いてるんだろ、ザイフリート様、気にしないで、」
「泣いてもいいんだよ、未来のオレ」
「悲しい時は泣いてもいい、悔しい時は嫌がっていいんだ。自分同士なんだから、暗いものもいっぱいぶちまけていいんだ」
アモロは未来の自分を強く抱きしめて震える背中と頭をそっと撫でる。
幸せのために人の身体を失い、幸せのために自身の全てを投げうって、幸せで感情を押し殺した果てに投げかけられた言葉、それはアルティメットアモロがどこかで望んでいた言葉だった。
「う、あ、あ……ぁう゛ぅぅ、わ゛ああぁぁぁぁ!う゛わあああぁぁっ!!あああ!」
夜明け前の港にアルティメットアモロの掠れた声と大きな慟哭が響きわたる。ここで泣かなければ何もかも大団円なのは自分が一番理解している、なのに胸の奥底から溢れる痛みがせき止められない。
「やだよ、ザイフリートさま、いかないで、いかないで」
「悲しいよな、辛いよな……でもザイフリート様を籠から出してあげるって決めたのはオレたちなんだ」
僅かに残された未練と嗚咽を上げ続けるアルティメットアモロの気持ちが痛いほどわかる。 だからアモロは喉奥を締め付ける痛みを堪えると自分の肩を引き留めるように強く掴んだ手に自分の手を重ねた。
「いっぱい泣いてもいいから……いってらっしゃいって言おう、ぜ?」
「うう……」
アルティメットアモロを支え立ち上がろうとするアモロの手に金色の手が乗せられる。アモロの丸くなった瞳にはまっすぐな目をした深王が映っていた。
「ザイフリート、さま……」
「……アモロ、といったな」
深王は周囲のどよめきを気にせず、未だ立ち上がれていないアルティメットアモロの目線までしゃがみ込んでゆっくりと言葉を口にした。
「卿も理解している通り、我はその気持ちには応えられない。 だが……卿の努力は無駄では無い」
「でも!」
アルティメットアモロは深王の言葉を遮って否定する。
最後の最期で別れを台無しにした自分に慈悲を掛けるべきではない。最後まで高潔な姿であって欲しい。 旅立ち邪魔をしてしまった最低で愚かな自分の事なんか忘れてくれ!
息を切らしながら喚いたアルティメットアモロは糸の切れた人形のようにぐったりと動かなくなる。深王は彼の言葉を黙って静かに聞いた後、遠い過去を懐かしむような表情を浮かべた。
「出港前にオランピアたちから聞いた。卿は我が幸福のために身を削り、永い時間を旅し、その手を血に染めた」
「だからこそ我が愛する祖国と民は守られ、我らは百年の時を超えて幸福を取り戻すことが出来た。
……分かるか?卿や皆の献身は我が身となって今生きているのだ」
「生きてる……」
瞼を閉じて胸に手を当てた深王につられてアルティメットアモロも同じように自分の胸に手を当てる。温かくなった胸から伝わる振動は深王の胸でも同じように脈打っている。
「そうだぜ未来のオレ!ザイフリートさまもオレたちも生きてるんだ!それが未来のオレの頑張った証なんだよ」
鼻声になったアモロがニッと歯を見せて笑いかける。溜まった涙を拭って見渡した視界にはこれまで苦楽を共にしたアモロ観光局のメンバーが、主君に仕えた忠実なる家来たちが、深王の後ろで穏やかな笑みを浮かべる姫君がいた。そして目の前には百年と三十四年の旅路の終着点があった。
「……ザイフリートさま」
「ありがとう、アモロ。勇敢なる卿を我らは忘れない」
目の前の深王は優しい眼差しで微笑みかけながらアルティメットアモロへ片手を差し出す。その声色は胸に戻った鼓動を懐かしむように温かく満ち足りていて、アルティメットアモロの胸の痛みはもうどこにも無い。
「……はい。ザイフリートさま、どうかお元気で」
アルティメットアモロは王の手を両手でしっかりと握りしめ、曇りのない笑顔で想いに幕を下ろした。
5
夜明けの鐘が鳴り響くのと同時に船は水平線を目指して朝日の中へと進んで行く。
トコたちが船に向かって思い思いに別れを告げると船からグートルーネが身を乗り出して手を振り返し、それを深王が支えながら彼も同じように手を振る。
カモメたちの鳴き声に包まれ、青い海を切り裂いて旅立つ船は段々と黒くなり空から星が見えなくなる頃には水平線の向こうへと消えていた。
「ついに行っちゃったかー」
「ま、それなりに寂しくなるわね」
彼らが目指すのは海図にも記されていない場所だ。幸せになって欲しいと思う反面、知らない場所に行けると言うのは冒険者としては羨ましい気持ちもある。
「それじゃあ私たちも帰りますかねぇ」
「ほぼ徹夜だったし今日は一日休みにする?」
「本当!?やったーーっ!!」
「うわっくっつくな!」
はしゃぎ過ぎた白兎に飛びつかれテオドラはその場に転倒するが二人して自然と笑顔になってしまう。
「私はフローディアさまたちを元老院に送り届けてきますね、今後の事も相談する必要がありますし!」
「仕事熱心だね~一日くらい休めばいいのに!」
「グートルーネさまからアーモロードを託されましたので!」
トコは一礼するとクスリと笑ってフローディアとクジュラの方へと走って行くと三人並んで元老院への坂を上り始めた。
今は祭りの後気分ではしゃいでいるが、恐らく一時間もしない内に熟睡したトコが宿屋に届けられるだろうな…テオドラの胸に謎の自信が湧いてくる。
「ねえねえ未来のオレ!」
「ん~?」
雲一つない晴天の青色へ溶け込むように『未来のアモロ』が建物の柱に身を預けていた。 未来からやって来たアモロの成れの果て、アルティメットアモロは過去の自分に気が付いて口を閉じたまま適当に返事をする。
「行っちゃったね……ザイフリートさまたち」
「そうだな」
「さっきの答え、出た?」
「ザイフリートさまがいなくなった後どうするかって話だろ?勿論!」
「おおっ!どんなのだ!?」
アモロは身を乗り出してアルティメットアモロの顔をのぞき込む。アルティメットアモロは自信満々な様子で唸ると海を抱くように大きく両手を広げた。
「ザイフリートさまがね、最後に『アーモロードをよろしく』って言って下さったんだ。
だから、オレは魔を倒した後もアーモロードに住む。オレの大好きなアーモロードを守るぜ!」
僅かに残った未練を払拭したアルティメットアモロは高らかに宣言する。海色の瞳は前よりも強い意志を秘めて二本の両足でしっかりと大地を踏みしめている。
「いいと思うぜ、未来のオレ!」
「へへ、ありがとう!……それから、未来から来たオレの事を信じてくれて!」
アモロたちは互いに健闘をたたえ合うと、先に帰った仲間たちの待つ宿屋へと駆けて行く。
……自らが報われる事よりも他者の幸福を願った男は旅の果てに全てを失い、たった一つの思い出を手に入れたのだった。
あとがき
プレイ記録の方にあるHDSQ3アモロ観光局の真ルートのその後、エンディングで兄妹が旅立つセリフを元にアモロ観光局と別れの話を書いたよ!
アモロ観光局の真の物語は一人の男がフラれるまでの話だったのさ!(厳密には恋ではないけど適切な表現が無かった)
劇中では深王さま行かないで~(泣)って泣いてるアルティメットアモロだけど、これは状況が特例中の特例だから感情爆発しただけ。
今回みたいにアルティメットアモロになって自分のすべてを捧げたけど報われなかった…みたいなことが無ければ満面の笑みで送り出します。
自分の暗い部分に気が付く機会も訪れません。