1
アーモロードの海。 穏やかで温かな海も今は紺碧に染まり、足首に触れる白波はガラスのように冷たかった。
それが抱きかかえた剣と同じ温度であることに気が付き、アモロは笑った。
「寒いですね!ザイフリート様っ」
アモロはそう言ってマントで包んでいた剣を降ろし、防波堤の上で剣に寄り添って座った。
……アーモロード最後の王ザイフリートの遺品より作られ、デュランダルと名付けられた一振りの剣は真夜中の海で十字の鍔と金色の剣身を煌めかせていた。
「昼間のザイフリート様カッコよかったです〜! もちろん普段の姿も今の姿もカッコいいんですけど、やっぱり高貴さと勇ましさを併せ持った機械の体と凛々しいお顔がイケメンすぎてオレもうメロメロで、オレも機械になろうかな〜!」
アモロは剣から目をそらし顔を覆ったり、かと思いきや紅潮した頬を必死に隠しながらはにかんだり、相槌を忘れてしまうほど興奮していた。
……その姿は物ではなく『生きているザイフリート』相手に話しているようにしか見えない。
「この冒険でオレ、ザイフリート様とアーモロードのことがもっとも〜っと好きになりました!」
だから!とアモロは高らかに声を張り上げると、砂浜に飛び降りる。そして踊りに誘うような手つきで剣の柄を優しく握りしめた。
「オレの昔話をお話しようと思います、一番大事で宝物の……アーモロードと出会った時の思い出話です」
普段の活力に溢れる声ではなく、寝物語を囁くような柔らかな声。暫しの沈黙の後、アモロは満足気に笑うと剣を鞘から抜いて宛もなくアーモロードの白波の淵をゆらゆら歩き始めた。
「実はオレって記憶喪失らしくて、本当の名前とか家族のことは忘れてるんですよ。でもアーモロードが好きな事とか冒険者になった後の事は覚えてます!!」
アモロは頭に指先を当て自身の境遇を他人事のように口にした。
身を粉にして稼いだ資金でアーモロード旅行に来ていたはずなのに、気がついたら見知らぬ街で倒れており何も思い出せなくなっていたのだ。
そこの冒険者にアーモロードの事しか覚えていないのでアモロと名付けてもらったのは幸運だった、今度会ったらもう一回お礼を言っておこう。
「その時は現地の冒険者と一緒に冒険してたんですけど、世界樹を踏破したら目が覚めてアーモロードの病院に居たんです! ショクチュウドクによるユウタイリダツとかイキリョウとかよくわかんないこと言われましたねー、まあいっか!」
まあいいかの言葉通りアモロは早々に来歴の話を切り上げた。例え記憶喪失のような重大事でもアーモロード関連の事柄以外だと興味を持たないらしい。
「覚えてる事といえば……こういう空っぽの貝殻、これが子どもの頃のオレでした!」
周囲を観察しながら歩いていたアモロがふとしゃがみ込む、冷えた砂浜から掘り出したは白く欠けた貝殻だった。食われたのか忘れられたのか、長年放置された貝殻は色どころか凸凹も失われている。
「全部実感がなかったんです。自分とそれ以外、この二つしか感じませんでした。人もカレーも船も何もかも一緒くたになってぬるくなって……死んでるってあんな気分だと思います!」
暫くアモロは貝で遊んでいたが、やがて飽きたのか風化しきった貝を海へと投げ込むと海が水で出来た喉を小さく鳴らした。
それを見届けると靡く髪を押さえながら立ち上がり、剣に向かって笑いかけた。
「でもあの日、偶然街にやって来た展覧会に入って全てが変わったんです。
あのどこまでも澄み切った真っ青な蒼い海と空、白い漆喰と緑煉瓦の街並み、停泊する海鳥と船の群れ!」
強い潮風の中アモロはその場で踊るように両腕を広げて回る。星空を流し込んだ藍色の海、青く色付いた街並み、静寂の夜、潮香る風──今の彼は愛しきアーモロードの全てを抱きしめているのだ。
「その絵画を見た瞬間、真っ白だったオレはアーモロードの蒼に染まったんです。オレはアーモロードに恋したんです」
アモロは青い波打ち際に飛び込むと足先で海を掬い上げて飛沫をちらして遊び回った、そしてわずかに濡れた剣に気がつくと目を細め海水を拭い取った。
「その絵画展の中でもザイフリート様の戴冠式の絵が一番好きなんです!」
こういうポーズの絵ですよと言いながら剣の柄に手を置いて緩んだ顔を引き締めるアモロ。 つま先から毛の先まで、全身の筋に活力を滾らせて青い目で正面を真っ直ぐ見据え、唇を真一文字に結んだ姿は本当にどこかの国の王様のようであった。
「絵の中のザイフリート様は綺麗な目をしてました。解説では『未来を知っているのかのように憂う表情の若王』って書かれてたんですけどそうは見えませんでした」
「だってあの顔は覚悟を決めた顔でした、ザイフリート様らしい誰かを守る強さを秘めた目です! きっとザイフリート様は世界樹に魔のことを教えてもらってたんですよね、アーモロードの王様になる事はとても大変でとても怖いって事を飲み干して国民を守る王様になった!そういう表情でした」
あの絵を描いた画家もきっとザイフリートの心を理解していたのだろう。だからこそ、何の縁も無かった空虚なアモロ少年にも魂を吹き込む絵が描けたのだ。
「だから、アーモロードとザイフリート様のことが大好きです!オレはこれからも死んでもずっとこの身を捧げる覚悟ですっ!」
大きく息を吸って吐き出したのは精一杯の愛の言葉だった。自己を失っても何十年も想い続けて、出会った場所と同じアーモロードの海で。応えはなくともアモロはこの瞬間を永遠に覚えていると確信するのだった。
……そして変わらず金色に輝く剣を見たアモロは破顔して飛びつくとその場で歓喜の笑い声を上げながら転がりまわった。
2
「ザイフリート様って百年間ず〜っとアーモロードを守ってたから今日は百年間お疲れパーティーしようと思って色々持ってきました!」
剣を地面に降ろしてアモロが取り出したのは大きなバスケット、布やリボンで丁寧な装飾が施された見た目はまるでプレゼントボックスだった。
「ジャジャーン!まずは菓子折り!百年前からある老舗限定でチョイスしたのできっと懐かしい気持ちになれるはずです!」
本当は四層の時に渡そうと思っていたんですけどね、と言いながらアモロは次のプレゼントを自分たちの間にどんどん積み上げていく。
「ダイマオウイカの剥製、四葉のクローバー、勇魚のベーコン、氷漬けの水精、うさぎの尻尾、オレ直筆の手紙、アモロキビのお酒!」
ある程度出して並べる場所が無くなったのかアモロは食器やナプキンを二人分取り出し自分と剣の前へ丁寧に並べる、更に丁寧に菓子やベーコンや魚の切り身を皿へ盛り付けてグラスに酒を注いだ。
「さあ召し上がれザイフリート様!たくさん飲んで食べて楽しく過ごしましょうね!」
アモロは剣を握ったまま器用にグラス同士を乾杯させ、目の前の食物を口に運び始めた。
どんな貴族の肥えた舌も唸らせる一級品であり、深い味わいが舌の上へ広がる度にアモロの目が大きく見開かれ幸せのため息が漏れている。
「ザイフリート様この刺身凄く美味しいですよ!色んな調味料を持ってたのでお好きな味で食べてくださいね!」
多幸感で食欲が増したのか飲み込むように食べながらアモロは会話を続けた。深都でずっと戦っていたザイフリートの為に外国での冒険やこれまで訪れた都市や好きそうな機械の話を身振り手振り混じりに語った。
これを酒場で夜通し語れば即興吟遊詩人としてもやっていける程の内容だったが、そんな名誉にアモロは興味を持たなかった。
「うんうん、ザイフリート様はやっぱりこの話に興味を持つと思いました。あれはある日の探索の事で……」
口を動かしながらもアモロはザイフリートのフォークを使いザイフリートの皿の上に乗った食べ物を『食べさせていた』。剣はその愛情を拒むことはなかったがソースや油をそこかしこに纏っていた。
「お話もいいけどご飯食べませんか?冷めちゃいますからねー」
ステーキを突き刺したフォークが向けられ、突きつけられたフォークと剣がぶつかり剣戟のような音を出す。アモロはそれにおかしなところは何も無いという風にザイフリートの『口へ』食べ物を運んでいた。
「あれ?」
不思議な光景にアモロは首を傾げる。 あれだけ食べさせたはずなのにザイフリートの皿からは食べ物が一つも減っていないのだ、酒のグラスにも手を触れたような痕跡がない。
体調が悪いのだろうか、大丈夫ですかと声を掛けて剣に触れて──アモロはやっと気がついた。
「そうだったザイフリート様は機械化してたんだ!食べられないものを出しちゃって本当に申し訳ないです!」
慌てふためきながらアモロはバスケットから一本の黒ずんだ瓶を取り出し剣の柄から剣先にかけてたっぷりと機械油を掛けた。
「深都のアンドロに聞いた一番高級で美味しい機械油です!オレには違いが分からなかったんですけどこれでお腹いっぱい……」
そこでアモロはザイフリートにあるはずの柔らかい頬や旨味を頬張るための口がどこにも無く、代わりに重油にまみれた金属の鋭い剣身と死体のように冷えた握り手だけの姿だったことに気がついた。
……それらが表すことはとても簡単だった。
「思い出した!ザイフリート様は死んじゃったんだ。だからご飯を食べられないんだ」
それなら納得がいく。剣身へ大量にまとわりついた調味料、汚れた自分の袖口、熱を失い重油で黒ずんだザイフリート側の食べ物たち。そもそも既にザイフリートは食べ物を楽しむための器官が存在しないのだ。
「そっか……ザイフリート様はもうフカビトを倒せないしお話することもできない、オレを褒めてくれないし笑ってくれたり抱きしめてくれることも二度と無い」
自分に事実を言い聞かせる度にアモロの脳裏に昼間の光景が浮かぶ。
白亜ノ森の最深部でアモロと仲間たちはザイフリートとその側近と戦った。 海都を守る使命に取り憑かれた彼はアモロたちとの対話に応じることはなく剣を向けて──最期はアーモロードの冒険者であるアモロたちの手によって殺された。
死の間際やっと記憶を取り戻したが何もかも遅すぎだった。ザイフリートは冒険者に魔の退治を任せ、海都に残した妹姫への謝罪を口にして、砂となった。
アーモロード最後の王ザイフリートはアモロたちが自らの手で殺したのだ。愛した人を殺した事実はアモロの心に何を残したのか。
……アモロは汚れまみれの剣を手に取ると自分のマントでその汚れを拭き取った。それから綺麗になった剣を胸の中へしまい込むように腕で包むと首を横に振った。
「聞いてくれますか?
ザイフリート様は優しいから死ぬ時もオレたちのやった事を気にしてないって言ってくれましたよね」
言い聞かせるように言葉を紡ぎ、アモロは息を吸った。
「知ってましたか?大好きな人の最期を看取るのって一番幸せなことなんですよ」
……アモロはザイフリートを殺したことを何とも思わなかった、善いこととも悪いこととも感じなかった。
彼にとって重要なのはザイフリートがいつまでも側にいてくれること、例え相手が死体であっても最後はこうやって一つになれるのなら──何だって良いのだ。
……細めた目の中に剣だけを映して恍惚とした表情は、恋する乙女そのものだった。
波打ち際を剣を持った男が走っている、頭の先までずぶ濡れのまま一人ぼっちでワルツを口ずさんでいる。
「ザイフリート様、旅行行きましょうよ旅行! もうチケットも取ってあるんです、なんとオレたちが復活させた航路を巡る一周ツアーですよ!」
剣を振り回しながら水飛沫に舞う姿は英雄に憧れる子どものようでも、自分を君主と思い込んだ狂人でもなく、手を取り合って踊る恋人たちのようだった。
あとがき
>プレイ記録の方にあるHDSQ3アモロ観光局の海都ルートのその後の物語。
こうしてアモロは大切な人とずっと一緒に、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし…アモロの中ではな!!
真ルートを除けば海都や深都に直接的な被害は無く、アモロ観光局も幸せになれる大体みんなハッピーエンドなのが海都ルート(宿子とオランピアは…)