1.旗を揚げよ!

アルゴノーツ:プロローグ


「レムリアも終わりだな……」  赤く染まる空、もうもうと昇る黒煙。  栄華を極めた都市は炎に焼かれ、人も亜人も関係なくあらゆる死体が山のように積み上がっている。  そして暗雲の空を飛ぶ白亜の方舟がレムリア島から飛び立つ。  私は失血で薄れゆく意識の中、肌に触れる灰や火の粉を拭う事もできず人類最後の楽園が燃え尽きるさまをぼんやりと眺めていた。 (姫様には……酷いものを見せてしまった……)  頭の中をよぎるのは、ただ一人最後の霊堂へ向かった姫の事。  ■■■■■■■を止める最後のチャンスの為に島に残った私たち決死隊に着いて来てくださった姫様。  しかし戦火に包まれたレムリア島を僅かな戦力と物資しかない決死隊が突破できるはずもなく、既に生き残りは私と姫の二人、いや……もう、残っているのは姫様ただ一人だ。  最早この状況を打開する、いや〝蓋をする〟には彼女が犠牲になるしかない。  なのにあの方は笑っていた。  自分が人柱となり時間稼ぎをするという最後の作戦を聞いても涙一つ流さなかった。  ──「王とは民を守る為にある。これが私の使命ですから」  彼女はきっと愚かな民も、己の欲望の為に争い続ける外の世界も、大義の為に他者の犠牲を容認した王も、そしてそれを止められる立場にありながら何もしなかった私も……誰も恨まない。  ……その善性が私を更に絶望させる。  いつだって止められた。  私が瓦礫を避けられていれば、レムリアにもっと戦力があれば、各国がもっと真剣に取り合ってくれていたら、もう少し早く暴走の兆候に気づいていれば、王を止められていたら、そもそも私がいなければ──! 「マスター‼」 「っ‼」  聞き慣れた無機質な声が絶望の淵にあった私の意識を引き戻す。  ……ガラスのような蒼い刃と美しい翠色の宝玉が埋め込まれた一振りの剣。  ひどく打ちのめされた様子の『それ』はもう一度私を「マスター」と呼び、機械らしくない震える声はまるで今にも泣き出しそうな子供のよう。  姫を人柱にしない計画の要となるはずだったが、あの量の瓦礫を避けるには時間も人も足りなかった。 「マスター、大丈夫ですか?」 「ああ……大丈夫だよ、『ベータ』」 「申し訳ありません。マスター、私の使命は貴方をお守りすることなのに、こんな」 「自分を責めるなベータ、落ち着いてくれ」  今にも自殺してしまいそうなベータの柄を握り落ち着かせてやりつつ、私も目をそらしていた自分の容態をゆっくり視界に入れる。  瓦礫と鉄筋は私の腹を貫通しており、下半身に至ってはここからどうなっているのか見えないし感じない。  ただ分かるのは、ベータの力を以てしても手遅れの怪我だという事。 「多量の出血。骨折多数。血中酸素濃度低下。即時の手術が必要です」 「いい、必要ない」 「ですが、マスター!」 「こんな事で君の貴重なエネルギーを消費するな」 「っ! こんな事、では……」  私は嫌がるベータを無視し、手動でスキャンと生命維持を強制終了させる。  彼は何度も手術を懇願していたが、結局何もせず私の行動を不満げに静観していた。 (……それでいい)  今から私が彼にする事を思えば、恨んでくれた方が好都合だ。  それに、私にはまだやらなくてはいけない『最後の仕事』がある。  私は白衣のポケットをまさぐり、震える手で二本の薬液を取り出して下腹に打ち込んだ。  同時に全身の感覚が研ぎ澄まされ、ジリジリとした痛みが溶けるように消えてゆく。  これであと三十分は持つはずだ。 「じゃあベータ、代わりと言ってはなんだが、私の足になってくれないか」 「……お任せを」  私が指示するとベータの体は剣から青白く輝く粘土のようなエネルギー体に形を変え、私の下半身を侵食する。  ユグドラシルが欠けたパーツを補い、動かなくなった足に外骨格のように纏わりついたのを見計らい、私もぐっと腕に力を入れて瓦礫の下から軽くなった下半身を抜いて立ち上がった。 「……マスター」 「行くよ、ベータ」  弱々しい声のベータを鼓舞し、私はもう一度歩き出す。  目指すは霊堂最深部、シェルターで何重にも守られた封印施設がある部屋。  私を潰した研究施設だった場所と同じく霊堂へと続く道も悲惨な状況だった。  あちこちに人や生き物だった残骸が転がり、何らかの建物だったとしか分からない廃材が荒涼とした風景が広がっている。  ……その山を私は無感情に踏み進んでいった。 「なぁ、ベータ……私たちは間違えてしまったんだ」 「やめて下さいマスター。私は、私を生み出してくれた事を心から感謝しています。マスターたちの選択は間違いではありません」 「ハハハ……! 生まれた時と比べたら随分いうようになったじゃないか……君のそういう所、気に入っているよ」  死が近づいてきたのか、愉快な気持ちと笑いが勝手に腹の底から湧き上がる。  白い方舟は既に黒い空の向こうへと消え、爆発や破壊の轟音が島のあちこちから響く。  ……あれだけの栄華を誇ったレムリアほどの国でも滅ぶのは一瞬なのだと、口から虚しい失笑が漏れた。  だが、ベータはひどく不愉快だと言わんばかりに言葉を続けた。 「マスターたちは家族を生かすために、自分たちの住処を守るために、人類を全て絶滅させないために『私たち』を製造したのでしょう⁉」 「人類を絶滅させないために、か……。でも、それでこうなっては本末転倒だったと言わざるを得ないよ」  ……そもそも、もう手札に『死ぬ』か『殺す』かしかないのだから我々の未来はとっくの昔に詰んでいた。  人類全体が滅亡の危機に瀕しているというのに、違いを見つけて、救う人間を選別する。  仕方がないと割り切れず、その罪悪感の重さに耐えきれず、最後は選択する事すら放棄して──我らレムリア人は『ヤツ』を選んだ。 「きっと私たちがやらなくても、他の誰かがこの『答え』に辿り着いて……同じ間違いを犯す」 「間違い……じゃあ、私たちは生まれたこと自体が間違いだったと、そうおっしゃるのですか」  ぽつりぽつりと口から漏れる、ベータのある意味機械らしい感情の死んだ声に私は黙って首を横に振る。 「結果的にはな。だが……未来に希望を残すことはできる」 「希望?」 「それは君だ、ベータ」  ──肉体の限界を超え、ただ胸の内の信念だけを糧に前へと進んでいた私とベータの前に地面から突き出た青く光る四角柱が見えた。  天井が砕け、壁から外の景色が見えているが最低限の電力は残っているらしく薄ぼんやりと光る青白い燐光に私は安堵のため息をついた。 「私が希望? 待って下さいマスター! 私は確かに討伐作戦の要でした、でも私だけでは何もできません」 「滅びゆく私たちには最早この間違いを正せない……だが、私たちと違う選択肢を取れる者がいるのなら……どうだろう?」  ──私の意図を理解したのかベータの宝玉が一気に真っ黒になり、今まで見た事もない閃光を放つ。  それは紛れもなく、崩壊の絶叫そのものだった。 「マスター、まさか⁉」 「善性を放棄せず、正しさに囚われず、最後まで〝選び続ける意思〟を持つ」 「やめて下さいマスター!」 「そんな者が君と出会えたら『ヤツ』を倒せるかもしれない……だろう?」  半狂乱になって拒絶するベータに対し私は口角を上げて笑う。  そして地面が揺れると同時に封印装置に向かって全力で走り出した!  下半身を維持していたユグドラシル体が瞬く間に崩壊し、傷口全てが強酸に置き換わったような激痛が腹の傷から全身に回る。  私の身体はあと数メートルを残して封印装置に辿り着く前に限界を迎え、硬い金属製の床へ腹を打ち付ける。 「マスター! いや、マスター!」  直後口から妙に柔らかい赤黒い塊が飛び出し、ベータは半狂乱になって私の名前を呼び続けた。 「君の製作者として……もう一度、言う……私の治療は……許可しない……!」 「そんな人必要ない‼ 未来だってクソくらえだ‼私にはマスターが、マスターだけいればいい!」 「最後までわがままだね……君は……!」  私は体に残った力を腕に込め、治療しようとするベータを封印装置めがけて思いきり投げた!  蒼い線を描きながら剣はモノリスの近くへと落ち、同時に漲っていた気力が一気に失われ、本当の終わりがやってくる。 「マスター、どうして……どうして⁉」  ベータはまるで母親と引き離される子供のように慟哭し続ける。  その声がいつか私への怨嗟へと変わって、彼が進む原動力になってくれと願いながら、私は蒼い光の方へ親指を立ててみせた。  ……封印装置の近くなら千年先まで大丈夫だろう。 「そしてこれが最後の命令だ……ベータ。世界樹の麓へ向かい、■■■■■■■を倒し、あの方を──世界を救ってくれ……!」

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5

更新履歴

・2026/02/01:第1版