◆
「レムリアも終わりだな……」
赤く染まる空、もうもうと昇る黒煙。
栄華を極めた都市は炎に焼かれ、人も亜人も関係なくあらゆる死体が山のように積み上がっている。
そして暗雲の空を飛ぶ白亜の方舟がレムリア島から飛び立つ。
私は失血で薄れゆく意識の中、肌に触れる灰や火の粉を拭う事もできず人類最後の楽園が燃え尽きるさまをぼんやりと眺めていた。
(姫様には……酷いものを見せてしまった……)
頭の中をよぎるのは、ただ一人最後の霊堂へ向かった姫の事。
■■■■■■■を止める最後のチャンスの為に島に残った私たち決死隊に着いて来てくださった姫様。
しかし戦火に包まれたレムリア島を僅かな戦力と物資しかない決死隊が突破できるはずもなく、既に生き残りは私と姫の二人、いや……もう、残っているのは姫様ただ一人だ。
最早この状況を打開する、いや〝蓋をする〟には彼女が犠牲になるしかない。
なのにあの方は笑っていた。
自分が人柱となり時間稼ぎをするという最後の作戦を聞いても涙一つ流さなかった。
──「王とは民を守る為にある。これが私の使命ですから」
彼女はきっと愚かな民も、己の欲望の為に争い続ける外の世界も、大義の為に他者の犠牲を容認した王も、そしてそれを止められる立場にありながら何もしなかった私も……誰も恨まない。
……その善性が私を更に絶望させる。
いつだって止められた。
私が瓦礫を避けられていれば、レムリアにもっと戦力があれば、各国がもっと真剣に取り合ってくれていたら、もう少し早く暴走の兆候に気づいていれば、王を止められていたら、そもそも私がいなければ──!
「マスター‼」
「っ‼」
聞き慣れた無機質な声が絶望の淵にあった私の意識を引き戻す。
……ガラスのような蒼い刃と美しい翠色の宝玉が埋め込まれた一振りの剣。
ひどく打ちのめされた様子の『それ』はもう一度私を「マスター」と呼び、機械らしくない震える声はまるで今にも泣き出しそうな子供のよう。
姫を人柱にしない計画の要となるはずだったが、あの量の瓦礫を避けるには時間も人も足りなかった。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だよ、『ベータ』」
「申し訳ありません。マスター、私の使命は貴方をお守りすることなのに、こんな」
「自分を責めるなベータ、落ち着いてくれ」
今にも自殺してしまいそうなベータの柄を握り落ち着かせてやりつつ、私も目をそらしていた自分の容態をゆっくり視界に入れる。
瓦礫と鉄筋は私の腹を貫通しており、下半身に至ってはここからどうなっているのか見えないし感じない。
ただ分かるのは、ベータの力を以てしても手遅れの怪我だという事。
「多量の出血。骨折多数。血中酸素濃度低下。即時の手術が必要です」
「いい、必要ない」
「ですが、マスター!」
「こんな事で君の貴重なエネルギーを消費するな」
「っ! こんな事、では……」
私は嫌がるベータを無視し、手動でスキャンと生命維持を強制終了させる。
彼は何度も手術を懇願していたが、結局何もせず私の行動を不満げに静観していた。
(……それでいい)
今から私が彼にする事を思えば、恨んでくれた方が好都合だ。
それに、私にはまだやらなくてはいけない『最後の仕事』がある。
私は白衣のポケットをまさぐり、震える手で二本の薬液を取り出して下腹に打ち込んだ。
同時に全身の感覚が研ぎ澄まされ、ジリジリとした痛みが溶けるように消えてゆく。
これであと三十分は持つはずだ。
「じゃあベータ、代わりと言ってはなんだが、私の足になってくれないか」
「……お任せを」
私が指示するとベータの体は剣から青白く輝く粘土のようなエネルギー体に形を変え、私の下半身を侵食する。
ユグドラシルが欠けたパーツを補い、動かなくなった足に外骨格のように纏わりついたのを見計らい、私もぐっと腕に力を入れて瓦礫の下から軽くなった下半身を抜いて立ち上がった。
「……マスター」
「行くよ、ベータ」
弱々しい声のベータを鼓舞し、私はもう一度歩き出す。
目指すは霊堂最深部、シェルターで何重にも守られた封印施設がある部屋。
私を潰した研究施設だった場所と同じく霊堂へと続く道も悲惨な状況だった。
あちこちに人や生き物だった残骸が転がり、何らかの建物だったとしか分からない廃材が荒涼とした風景が広がっている。
……その山を私は無感情に踏み進んでいった。
「なぁ、ベータ……私たちは間違えてしまったんだ」
「やめて下さいマスター。私は、私を生み出してくれた事を心から感謝しています。マスターたちの選択は間違いではありません」
「ハハハ……! 生まれた時と比べたら随分いうようになったじゃないか……君のそういう所、気に入っているよ」
死が近づいてきたのか、愉快な気持ちと笑いが勝手に腹の底から湧き上がる。
白い方舟は既に黒い空の向こうへと消え、爆発や破壊の轟音が島のあちこちから響く。
……あれだけの栄華を誇ったレムリアほどの国でも滅ぶのは一瞬なのだと、口から虚しい失笑が漏れた。
だが、ベータはひどく不愉快だと言わんばかりに言葉を続けた。
「マスターたちは家族を生かすために、自分たちの住処を守るために、人類を全て絶滅させないために『私たち』を製造したのでしょう⁉」
「人類を絶滅させないために、か……。でも、それでこうなっては本末転倒だったと言わざるを得ないよ」
……そもそも、もう手札に『死ぬ』か『殺す』かしかないのだから我々の未来はとっくの昔に詰んでいた。
人類全体が滅亡の危機に瀕しているというのに、違いを見つけて、救う人間を選別する。
仕方がないと割り切れず、その罪悪感の重さに耐えきれず、最後は選択する事すら放棄して──我らレムリア人は『ヤツ』を選んだ。
「きっと私たちがやらなくても、他の誰かがこの『答え』に辿り着いて……同じ間違いを犯す」
「間違い……じゃあ、私たちは生まれたこと自体が間違いだったと、そうおっしゃるのですか」
ぽつりぽつりと口から漏れる、ベータのある意味機械らしい感情の死んだ声に私は黙って首を横に振る。
「結果的にはな。だが……未来に希望を残すことはできる」
「希望?」
「それは君だ、ベータ」
──肉体の限界を超え、ただ胸の内の信念だけを糧に前へと進んでいた私とベータの前に地面から突き出た青く光る四角柱が見えた。
天井が砕け、壁から外の景色が見えているが最低限の電力は残っているらしく薄ぼんやりと光る青白い燐光に私は安堵のため息をついた。
「私が希望? 待って下さいマスター! 私は確かに討伐作戦の要でした、でも私だけでは何もできません」
「滅びゆく私たちには最早この間違いを正せない……だが、私たちと違う選択肢を取れる者がいるのなら……どうだろう?」
──私の意図を理解したのかベータの宝玉が一気に真っ黒になり、今まで見た事もない閃光を放つ。
それは紛れもなく、崩壊の絶叫そのものだった。
「マスター、まさか⁉」
「善性を放棄せず、正しさに囚われず、最後まで〝選び続ける意思〟を持つ」
「やめて下さいマスター!」
「そんな者が君と出会えたら『ヤツ』を倒せるかもしれない……だろう?」
半狂乱になって拒絶するベータに対し私は口角を上げて笑う。
そして地面が揺れると同時に封印装置に向かって全力で走り出した!
下半身を維持していたユグドラシル体が瞬く間に崩壊し、傷口全てが強酸に置き換わったような激痛が腹の傷から全身に回る。
私の身体はあと数メートルを残して封印装置に辿り着く前に限界を迎え、硬い金属製の床へ腹を打ち付ける。
「マスター! いや、マスター!」
直後口から妙に柔らかい赤黒い塊が飛び出し、ベータは半狂乱になって私の名前を呼び続けた。
「君の製作者として……もう一度、言う……私の治療は……許可しない……!」
「そんな人必要ない‼ 未来だってクソくらえだ‼私にはマスターが、マスターだけいればいい!」
「最後までわがままだね……君は……!」
私は体に残った力を腕に込め、治療しようとするベータを封印装置めがけて思いきり投げた!
蒼い線を描きながら剣はモノリスの近くへと落ち、同時に漲っていた気力が一気に失われ、本当の終わりがやってくる。
「マスター、どうして……どうして⁉」
ベータはまるで母親と引き離される子供のように慟哭し続ける。
その声がいつか私への怨嗟へと変わって、彼が進む原動力になってくれと願いながら、私は蒼い光の方へ親指を立ててみせた。
……封印装置の近くなら千年先まで大丈夫だろう。
「そしてこれが最後の命令だ……ベータ。世界樹の麓へ向かい、■■■■■■■を倒し、あの方を──世界を救ってくれ……!」
1
マギニア王国の姫君『ペルセフォネ・マギニアス』は長旅の眠気を覚まそうと、一人艦橋に足を踏み入れていた。
冷たい窓の外は相変わらず雷鳴と暗雲ばかりで、そんな白黒の景色が廊下一面に延々と続いているのだから自然と気分が沈むのも仕方のない事だろう。
彼女の頭には先代の王……父の残した最後の言葉が何度もよぎっていた。
──必ず、レムリアの秘宝を……。
偉大なる王の晩年は老人としても為政者としても、なんとも慌ただしいものだった。
王家の古文書を解読できる学者を先導に死の間際まで救国の為に行動した結果、王は病に倒れそのまま世を去ってしまった。
今際には疲労と老いによる高熱で錯乱し我が子の顔すら分からなくなっても、最後に残したのは国を思っての言葉だった。
……その人を思うと女性の指に自然と力が入る。
王の命として、彼の子として、なんとしても『国を永遠に繁栄させる秘宝』を手に入れ父の無念を晴らしたい。
そう願った王の一人娘に民が呼応したのは先王への忠誠か孤独な姫への哀れみか、それとも自分たちの住処を守る為か。
ガラスに当たる雨粒が感覚や思考を鋭く深く尖らせる、その時だった。
「すっげぇ空だよな!」
突然大きな声が隣から聞こえ、ペルセフォネはびくりと肩を跳ねさせる。
勢いよく振り返ると、いつの間にか緑髪の少年が隣に立っていた。
体格は良さそうだが船の揺れに何度も転倒しかけ、雷光を浴びてキラキラと輝く派手な武具と赤いマントには傷一つ無い。
……どこからどう見ても役人にも衛士にも見えない。
ペルセフォネが固まっていると少年は彼女を怖がらせたとでも思ったらしく、両手を上げてひらひらと振って何も持っていない事を大げさな動作で示してきた。
……暗器を仕込んでいる時特有の音もしない、武器を持っていないのは本当のようだ。
「……見た所、我が兵ではあるまい。何者か?」
ペルセフォネのいぶかしげな視線と鋭い声にやっと状況を理解したのか、少年は不敵に口角を上げると自信満々に自分の胸を指差した。
「オレか? オレは『オルヴェ』! 英雄になる男だ!」
突然艦橋に現れた少年……オルヴェはペルセフォネに向かって胸を張って宣言する。
鼠一匹いない静寂の艦橋、しかも相手は名前も素性も知らぬ見知らぬ女性だけ。
なのにオルヴェはまるで大衆に向かって演説するかの如き大声と勇ましい態度で〝ふんす!〟と胸を張っている。
……あまりにも元気で能天気な態度を見ていると、ペルセフォネの口から思わず小さな笑いが漏れた。
「なんだよ、笑うなよー‼ オレ本気で英雄になるためにこの船に乗ってるんだからな⁉」
「すまない、つい気が緩んでな。だがやる気があるのは良いことだ、オルヴェ」
ペルセフォネが噴き出した途端に、あれだけニコニコしていたオルヴェは不機嫌そうに眉をひそめて唇を尖らせる。
子供のような、犬のような……少年のあまりにも分かりやすい態度にペルセフォネは再度こみあげてくる笑みを抑え込んで弁明してやる。
すぐに彼女には悪意がないと理解したのか、オルヴェは機嫌を直して窓の外を眺め始めた。
「ところでお姉さんは誰? オレと同じ冒険者なのか?」
「そうだ、冒険者だ。少し船内を散歩中でな」
「オレと同じじゃん! お互い頑張ろーぜ」
ペルセフォネが『冒険者』だと名乗った事で親近感がわいたのか、オルヴェは年相応の笑みを浮かべて親指を立てて隣へと並んだ。
初対面だというのに少年はまるで旧知の仲を相手にしているような雰囲気でペルセフォネに話しかけてくる。
姫という立場を知らない事を加味しても、その態度はとても人懐っこいものだった。
「オレたちが今向かってるレムリア島って〝物凄いお宝がある〟って話なんだけど、本当なのかな?」
「……レムリア島は荒れ狂う波と永遠の嵐に囲まれ、その中央にそびえる巨大樹の麓に『レムリアの秘宝』が眠っている、という言い伝えがある。それが正しければだがな」
体を手すりに預けて外を眺めているオルヴェとは対照的に、ペルセフォネは自分に言い聞かせるように小さく呟き、窓の外を見つめた。
相変わらずガラス一枚隔てた先は地獄のような有様だったが、雲への突入当初に比べれば幾分か雨が和らいだ気もしなくもない。
……だが、この期に及んでもこの嵐の先に本当にレムリア島があるのかは分からないのだ。
先代の王は既におらず、頼みの綱の学者も『レムリア載記《さいき》』の全文を解読する前にいつの間にかどこかへ失踪してしまった。
この先に何もなければその全責任はペルセフォネが負う事になる。
父祖が築き上げてきた歴史をたった一度の間違いで無に帰してしまうのだ。
──ふと、手の甲に温もりを感じ視線を落とすとペルセフォネの固く握りしめた手の上にオルヴェの手がそっと置いてあった。
心配そうな顔をした少年の手は白むほど力の入った彼女の指をほぐすようにわずかに軽く握り、目を合わせると彼はどこか優しく顔を綻ばせて力強く頷く。
「嵐も荒波もあったってことは『レムリアの秘宝』も絶対あるはずだ!」
「……ああ、そうだな」
当然のようにオルヴェはレムリアの秘宝はあると断言した。
たったそれだけなのに、ペルセフォネの目の前の霧が晴れたように感じるのは彼の手の温かさのせいだろうか。
ペルセフォネは目を細めると少しの沈黙の後、オルヴェの手を包むようにその上に手を乗せる。
すると少年はいたずらっぽく笑ってまたその上に手を乗せてきた、これでは何の為なのか分からないぞと指摘してやると少年は満面の笑みで笑い、ペルセフォネも頬を緩ませる。
「さて……そろそろ面白いものが見れるはずだ、もう少し前に来い」
「え? どれだ?」
ペルセフォネが一歩前に出ると、オルヴェも同じように窓に近づく。
舞台の幕が上がるように窓の外の雲が黒色から白色へ変わり始めたと思った瞬間、一面の光が艦橋のガラスから降り注いだ。
オルヴェは思わず目を覆いそうになるが光は白から青へ、通気口から流れていた暗く湿った匂いは一瞬にして掻き消え、ガラスを殴りつけていた雨の音は笛のように軽やかな風切り音へと変わる。
マギニアがぐんぐんと雲を抜けていく度に、青が濃く鮮明に浮き上がり、比例するようにオルヴェの青い瞳も輝き出す。
窓の外では突然現れたマギニアに驚く海鳥たちが矢のように飛び交い、やがて青と白の景色の果て星のように青眩い光がチラリと瞬き全貌が露わになる。
……見えたのは久方ぶりの大地の緑、その中央にまるで島の長のように堂々と佇む巨大樹があった。
「あれが……『世界樹《せかいじゅ》』‼」
「見えたか、あの大樹の麓に我らの追い求めるレムリアの秘宝が眠っているのだ」
雲を切り裂いて無限に続く青の先にあったのは、世界樹と呼ばれる巨大樹をゆりかごのように包んでいるレムリア島だった。
オルヴェは艦橋から落ちそうなほどに身を乗り出して世界樹を眺めていたが、彼以上にペルセフォネは歓喜に打ち震えていた。
見つけるだけが目的でない事を彼女は理解している。
だが自国の希望である秘宝の眠る島は泣き叫びたくなるほどに美しくて、これ以上感情が溢れ出さないように両手をきつく結んで正面を見据えていた。
やがて窓から見える景色も青から緑や茶色が多くなり、数分もしない内に天翔ける船は母なる大地の上に降り立った。
……ここからが正念場だ。
ペルセフォネが着陸の衝撃で転んだ少年を起こしていると、幼い頃より聞き慣れた黒い鎧の足音が近づいてきた。
「……姫、こちらでしたか。無事到着しましたので──おや、その者は?」
「こんにちは、オレはオルヴェっていいます!」
ペルセフォネが答えるより速くオルヴェは首を傾げる黒い鎧の男……『ミュラー』に向かって挨拶した。
元気な珍客の姿に表情を変えぬまま戸惑っていたミュラーにペルセフォネがそっと目配せをしてやると、彼は会得したようにオルヴェをまじまじと見つめる。
キラキラと輝く青い瞳と活力に溢れた表情、快活で度胸溢れる自己紹介は軍人気質のミュラーも心地良いらしく、やがて警戒を解くように目を細め深く頷いた。
ペルセフォネが内心胸を撫で下ろす中で、逆にオルヴェはミュラーを不思議そうに見つめながら口を開いた。
「なぁ、おっさんはこのお姉さんの仲間なのか?」
「仲間……ふふっ、そうだな。彼は私の大切な仲間であり信頼できる部下だ」
「ハハ、そうとも言えるな、少年。私も姫にそう思って頂けたことに感謝しているよ」
冒険者脳丸出しの言葉にペルセフォネは思わず顔を綻ばせ、ミュラーも生真面目な彼女のユーモアに笑いをこぼしつつも感謝を口にした。
「私はギュンター・ミュラー。このマギニアには軍人として乗り込んでいる、君が冒険者ならまたどこか出会うかもしれないな」
「へー……ミュラーさんっていうのか! その鎧カッコいいなぁ……! どこで手に入れたんだ、あ、ですか?」
「嬉しい質問だが私はこれから姫を連れて広場に向かわないといけないんだ、その答えはまたの機会でもいいかね?」
「オルヴェ、汝も広場に向かうといい」
広場と聞いた瞬間、それまで落ち着きのない犬のように騒いでいたオルヴェの動きが止まる。
「おや、どうかしたのかね」
──広場で何かあったのか。
ミュラーがオルヴェの肩を叩くと、そのまま内緒話のような小声でぽつぽつと言葉をこぼし始めた。
「実はオレ、その広場に行こうとしたんだけど街を進んでたら……なぜかここに辿り着いちゃって」
それでここにいたのかとペルセフォネとミュラーは心の中で合点し、微笑を浮かべる。
「広場の位置はこの艦橋をまっすぐ行って居住区で一番広い広場なのだが……」
「一番広い広場だな、分かったぜ! ありがとう!」
教えてやるとすぐに元気を取り戻したオルヴェは自信満々の表情で説明とは〝正反対の方向へ〟走り出していった。
ミュラーが大声で呼び止めてやったのでまた同じ轍を踏まずに済んだが、彼も何度も道を間違えているのを内心気にしているらしく重い足取りで戻って来る。
「このまま一人で行かせるとまた迷子になりそうだな。ミュラー、オルヴェに広場まで付き添ってやってくれ」
「ですが姫、私が護衛から離れるわけには」
ペルセフォネの立場からすれば護衛を減らす、しかも忠臣中の忠臣を選ぶのはあまりにも危険すぎる。
ミュラーの忠告も最もだが、彼の口からオルヴェに対する警戒が出てこない時点でペルセフォネの意見に反対する事はないだろう。
だからペルセフォネはミュラーにだけ分かるように、年相応で少し誇らしげな顔で命じた。
「……折角の機会だ、彼には私の演説を特等席で見せてやろう」
2
「ミュラーさん、広場まで案内してくれたのは嬉しいけど……ここどこなんですか?」
「関係者用の席だ、大人しくしておいてくれよ」
迷子になりかけていたところをミュラーに回収され、オルヴェは彼と共に広場へと向かっていた。
連れて来てもらったのは広場より少し高くて堅苦しい場所で、全身鎧や式典用の服を着込んだ見知らぬ大人ばかりであり、冒険者たちは少し遠くて低い広場に集まっている。
……多分あそこが本来オルヴェがいるべき場所なのだろう。
ミュラーに大人しくするよう言われつつも、オルヴェが目だけを動かして周囲を見渡していると、正面に位置する壇上に先ほど艦橋で出会った女性がいた。
一体あんな場所で何をしているのだろうと不思議に思っていると彼女は広場の端から端までを見下ろした。
──そして大きく息を吸い、空気に意味を含ませて解き放つ。
その姿は艦橋で見た凛々しさの中に憂いをはらんだ雰囲気とはまるで別人だった。
「エトリア、ハイ・ラガード、アーモロード、タルシス。世界全土の樹海より集いし勇者たちよ! 今より我らは前人未踏の大地へ挑む。互いに名も知らぬ冒険者なれど、未知なるものへ挑む心を持つ同志と思え!」
空色のマントを翻して歩く様は勇者のよう、立ち姿はまるで一国の女王のように堂々としていた。
ちらりと見えた凛々しい横顔は先ほどまでのどこか寂しげな雰囲気を一切消し去り、空色の瞳は鋭く輝き、強い力を感じさせる光があるのだ。
それまでにわかに騒ぎ立っていた広場は女性の凛とした声が響くやいなや即座に静まり返る。
長旅の間に忘れかけていた富や名誉という目的を思い出したからか、はたまた眼前に広がる未知の迷宮という冒険者の本能を目の当たりにしたからか。
「目指すは大いなる世界樹の謎、古代文明レムリアが残した伝説の秘宝。汝らの求める富や名誉、あるいは未知なる冒険そのものがそこに眠っているのだ!」
「カッコいいなぁ……」
無意識の内に身を乗り出して演説に聞き入っていたオルヴェは光景を目に焼き付けるように見入っていた。
……もしかすると彼らもオルヴェと同じく女性の言葉から滲みでる言葉の力に圧倒されているのかもしれない。
「……ところであれは君の知り合いではないかね?」
「へ? 知り合い?」
「先ほどから姫ではなく君の方を見ているから気になってな」
知り合い、厳格そうな男にしては少し珍しい話題に夢見心地から戻って来たオルヴェは首を傾げつつも生返事を返す。
正面では名も知らぬ冒険者たちが演説に聞き入っており、多少雑談をしたり、遠巻きに聞いている者はいても衛兵に囲まれ武人や役人が座っているだけの観覧席を気にする者はいない。
オルヴェが首を伸ばして冒険者たちに目を凝らしていると、不意に見慣れたオレンジ色が目に入った。
目と目が合った瞬間、こげ茶のローブを身に纏った少女は整った顔が台無しになるような驚愕の表情を浮かべて他の三人に何かを伝えているようだが観覧席からは聞こえない。
鎧を着た少年は顔を赤くしたり青くしたりと取り乱す少女を宥め、白髪褐色の少年の方は相も変わらず肩をすくめたニヒルな笑みでこちらを見ていたし、その腕にくっついて離れない小柄な少女は仲間と周囲の冒険者とオルヴェを交互に見ながら不安そうに眉を八の字にしていた。
不審な挙動をする四人組は間違いなくオルヴェの良く知る幼なじみたちであり、この冒険について来てくれた冒険者たちだった。
「……あいつらっ!」
オルヴェは前のめり気味になって仲間たちを見下ろす。
はぐれてしまった彼らと再会できたのは何よりも嬉しいはずなのに、今になって一人見知らぬ街を歩いていた寂しさが膨らむ。
だがそれも過去の事、オルヴェは仲間を見つけてくれたミュラーに軽く会釈すると改めて背筋を伸ばして前を向く。
オルヴェたちにひと悶着あった間にも演説を続けていた女性は一度言葉を止め、息継ぎをするように開いた碧眼に再度世界樹が映る。
「私はマギニア探索司令部の長、ペルセフォネ・マギニアス。司令部は汝ら冒険者を常に見守り、必要な援助を行うと約束しよう」
「あ、あの、あのお姉さんってお姫様だったのか⁉」
ペルセフォネ姫の名乗りで広場が沸き立つが、オルヴェは歓声ではなく驚愕の声を上げて椅子から転げ落ちる。
即座にオルヴェは首を振ると腰を強く打った体を庇いながら飛び上がり、ほくそ笑んでいるミュラーを小声で問い詰めた。
「何であの人がペルセフォネ姫だって教えてくれなかったんですか⁉」
「何分姫は多忙の身でな、考えあってのことだろう」
「今、口から心臓飛び出るかと思ったんですよ……‼」
自分が先ほどまでお喋りしていた相手がマギニアの指導者……要は〝この船で一番偉い人〟だと本人から知らされたのだから無理もない。
語気は少し荒いが怒りよりも好奇心や驚きが強いのかオルヴェは言葉もそこそこに、自然とペルセフォネ姫を……その先にある巨大な世界樹を真剣な眼差しで見据えていた。
(色々あったけど……もしかして、最初にペルセフォネ姫と会えたのはなにか良いことがある予兆なのかも!)
世界最後の秘境と呼ばれた孤島はあらゆる願いと欲望を抱く揺りかごのように大口を開けて獲物を待っている。
オルヴェは幼い頃より胸いっぱいに詰め込んだ憧れを叶える為に、冒険者たちはまだ見ぬ景色を目指し、夢と死の迷宮へ飛び込まんとする。
……ペルセフォネは自身の背後で起きていた事象を未だ知らぬまま、ただ彼女のどこまでも透き通り蒼天を貫くような声だけが冒険の始まりを告げた。
「冒険者たちよ! 己が誇りを胸に秘め、いざ進むのだ!」
3
ペルセフォネの演説が終わってから数十分、オルヴェは衛兵に連れられ、冒険者ギルドに足を踏み入れていた。
……一応一人でも行けると何度か断ったのだが「念には念を」とミュラーに押された末、衛兵に連れてきてもらったのだ。
衛兵隊が十五個余裕で入れそうな大きな石造りの建物は外から中までギルドを結成したい冒険者たちで埋め尽くされ、並ばせようとする衛兵たちもあまりの人数に手探り状態であった。
ここまで連れてきてくれた衛兵が人間の海のような光景に絶句している中、オルヴェは腕まくりをすると冒険者の群れの中に飛び込んだ!
人間をかき分け、一人ずつ顔を確認し、やっと見つけた行列の先頭でオルヴェを待っていたのは大切な幼なじみたちであった。
「また一人で勝手にどこかに行って! 昔みたいに魔物の巣とか危ない場所に行ったかと思ったじゃない⁉」
「あー……『アリシア』、みんな」
「もう! オルヴェを探すのはいつも私たちなのよ⁉」
オルヴェの姿に気が付いた『アリシア』は赤くなっていた目を途端に猛禽類のように鋭くして母親のように迫り来る。
そして逃げようとするオルヴェのマフラーを引っ掴んで捕らえると少女の激しい糾弾が始まったのだ。
顔を真っ赤にして怒り狂う少女と怒られた犬のように身を逸らす少年の姿は娯楽好きな冒険者たちにとって格好の的で、ギルド中の視線がオルヴェに注がれる……大変居心地が悪い。
「室内に避難しろってアナウンスがあったのにどこにもいないんだから!」
「大丈夫だったからそんなに怒るなよ、それに〝勝手にいなくなる〟のはお前らの方だろ?」
「〝勝手にいなくなる〟のはあなたなの‼ 自分で冒険に誘っておいて急にいなくなるなんて信じられない!」
オルヴェはアリシアの剣幕に少したじろぎながらも理由を述べるが、口答えは許さないと言わんばかりに胸を細い指で何度も何度も突かれる。
幼い頃から無鉄砲な幼なじみに振り回されている彼女にとって、少年の中身のない言い訳は火に油を注ぐ結果にしかならない。
「嵐に吹っ飛ばされたかと思ったじゃない! あなたがどこにもいないからみんな必死になって探したらまさかあんな場所にいるなんて……‼」
「いやだってあれは姫さまの厚意で」
「何が〝だって〟よ⁉ せめて行き先を言いなさいよ‼」
「うひぃ⁉ 悪かったって! ああ! お前らも、ミュラーさんも笑ってないで何とかしてくれよぉっ!」
「ハッハッハッ、仲の良いことは微笑ましいものだ」
「謝ってるじゃないか! もう許してくれよアリシアぁ‼」
最早堪忍袋の緒が切れたアリシアには何を言っても無駄な抵抗であり、オルヴェは助けを求めながら髪と耳を掴まれ冒険者ギルドの個室へと連行されていった。
「オルヴェくん大丈夫かなぁ……」
「これはしばらく収まらなさそうだな、宿でも探しとくか」
荒ぶる幼なじみたち、そして傭兵ながらまだ幼さを残す少女『イリス』を見ていた白髪の少年『ヴィーザル』は肩をすくめ呆れを口に出す。
まさかアリシアがあそこま怒り狂うとは思わなかったがどちらにせよ、せっかく数千人はいる冒険者たちの先頭を取った努力が全て水の泡だ。
この落とし前をどう親友《オルヴェ》につけさせてやろうかと悪い笑みを浮かべるヴィーザルとは対照的に、イリスは大人数とアリシアたちが気になっているのかちっちゃくなって二人にくっついていた。
「アリシアちゃん大丈夫かな、オルヴェくん探してた時は泣いてたけど……オルヴェくんと仲直りできるよね? うーちゃん?」
「おい、てめぇその名前で呼ぶなって言ってるだろ」
「まぁまぁ……仕方がないですが並び直しですね、お先にどうぞ」
「いいのか? ありがとう!」
今回のお説教は長引きそうだ、と幼なじみのオルヴェの無事を祈りつつ茶髪の少年『エド』は自分たちの後ろに並んでいた冒険者の一団に先を譲って袖にはけてやる。
譲られた冒険者は表情をわっと明るくしてエドと握手をすると、机の上の登録用紙と羽ペンを手に取った。
それを皮切りに集っていた冒険者たちは本来の目的であるギルド登録の為各々列に並んだり募集の為の用紙を取りに行ったりと、冒険者ギルドは瞬く間に騒がしくなった。
4
そして、マギニアがレムリア島の探索を始めて一週間が経過した。
「……はぁ、つまんねぇな」
『はじまり島』と名付けられた島でヤギや羊たちがのんびりと草を食んでいる中、死んだ魚のような目をしたオルヴェはヤギと無邪気に戯れるイリスたちを眺めていた。
……冒険者ギルドでの一件の後、なんとか全員から今回の件を許されたオルヴェは遂にギルド『アルゴノーツ』を結成した。
マギニアに乗船するずっと前から考えていた、英雄たちの乗る船の名を冠したギルドはその名の通り結成当初から目覚ましい活躍を繰り広げ……る事はなかった。
というのも、マギニアでは司令部に認められ仕事を任せられる為にはそれなりの実績と経験が必要らしく、何の功績もない若者の集まりであるアルゴノーツがやれる事といえば、精々ミュラーが勧めてくれた彼の昔馴染みの店主『クワシル』が経営する『クワシルの酒場』でクエストを受けて少しずつ評価を上げるくらいだった。
そこに来る依頼も庭の草むしりや掃除の代行、果てには酒場の手伝いといった冒険者でなくても出来るものばかりだったのだが。
お陰で今のオルヴェは剣よりもじゃがいもの皮を剥くのが上手くなってしまったし、アリシアに至っては料理以外にも店の経理を担当させられている。
「平和でいいじゃないですか」
「でもよ、前人未到の島だぜ⁉ もっとこう……手に汗握る戦いとか、魔物との死闘とかさ!」
勢いよく起き上がったオルヴェは慣れた手つきで子ヤギにミルクをやっているエドを叱りつけると、そのまま手に持った木の枝をぶんぶんと振り回し始めた。
当初は初めての屋外クエストという事で一週間ぶりの草と土の匂い、ヤギの手触りに大はしゃぎしていたオルヴェだったが数分経てば飽きて草原に身を投げ出して水平線を眺めていた。
仲間たちもしばらくは何を考えているのか微妙に分からないヤギたちを観察していたのだが、アリシアは小高い石の上に座って図書館から借りてきた占星術の本を読み始め、ヴィーザルは親友であるオルヴェの近くで同じように座り込んでいる。
現在もヤギと進んで交流しているのは昔から動物好きなイリス、そしてひっきりなしに子ヤギに追い回されているエドだけだった。
「ま、昔からてめぇはそういうの好きだもんな」
「はぁ……どっかに戦い落ちてないかなぁ」
「戦いって落ちてるものなのかよ」
ヴィーザルはスリルと冒険を愛するオルヴェの無鉄砲さに呆れながらも、暇で仕方がないのも事実なので互いに軽口を飛ばし合っていた。
依頼主からは午後までヤギを放牧するよう頼まれている。
一応天気が悪くなってきたらヤギたちをマギニアへしまう必要があるが、頭上でどこまでも広がる青空には雨雲どころか雲一つない。
到着当初はマギニア周辺にも魔物がいたのだが、整備も進み冒険者や衛兵が魔物を追い払ったり駆除したりしているので現在の草原には草と鳥と虫とヤギ、それからいなくてもいいような新米冒険者《みはりばん》しかいないのだ。
つまるところ、今回のクエストも安全で平和で退屈なものになると思われていた。
「英雄になる為にここに来たのに……お?」
親友と談笑していたオルヴェの耳に聞き慣れない音が飛び込んできた。
ヤギの鳴き声とも違う小さなその音は、アリシアが虫に驚いた悲鳴でもなければイリスの情けない涙声でもない、前掛けを引っ張る子ヤギをたしなめるエドの優しい声でもない。
──何かに襲われている人間の悲鳴だった。
「……今の聞こえた?」
「あったりまえだろ! 行くぞっ!」
「ん? 君たち──」
「衛兵さん! ヤギたちをよろしくお願いします!」
声はアリシアたちにも聞こえていたらしく、本を閉じた彼女にオルヴェはしっかりと頷く。
オルヴェたちは互いに顔を見合わせると各々得物を取り出し声の方角へと走り出した!
「ヤギ⁉ おい一体──行っちゃった」
……平和な草原に残されたのは人間の事情などお構いなしに草を食むヤギの群れと、突然ヤギを任され絶賛混乱中の|たまたま《﹅﹅﹅﹅》通りかかった衛兵だけだった。
「あっちだ‼」
か細い悲鳴が光の無い森に再度響き渡り、オルヴェは声の方向を指差して一番に走っていく。
悲鳴を追いかけている間に一行は険しい谷を越え、木々が生い茂る森へと突入していた。
島の北部に広がる森は光を拒むように鬱蒼と茂っていたが、正面の茂みには布切れと血痕が残されており、わずかに開いている動物ほどの大きさの穴は彼らを誘うようにぽっかりと口を開けていた。
見た事もない多脚の虫が出る度にアリシアは叫び、オルヴェたちは冷たいせせらぎを踏み越え、降り注ぐ木漏れ日の強い方へと歩く。
その内、生い茂る緑と血の香りが段々と濃くなり、既にマギニアは振り返っても見えなくなっていた。
「……ん?」
「んぎゃっ!」
突然先頭を行くオルヴェが足を止め、その背中に激突したイリスは尻もちをつく。
「おい突然止まるな!」
「いやいや! 今なにか光った気が……」
なぜかイリス以上に怒って詰め寄って来るヴィーザルに首根っこを掴まれながらもオルヴェは地面を指さす。
少年が指さした場所をアリシアが照らしてみると、土と名前も知らない根と草の生い茂る地面に長方形の石が埋め込まれていたのだ。
レンガのような形をした石の隙間はエーテルを浴びて宝石のように輝いており、前へ点々と続く石は段々と数を増し街道のように敷き詰められていた。
……その上には人の足跡らしき泥も付着している。
「! ヴィーザル」
「足跡からするに若い女、それも後衛職みたいな軽装だろうな。……急ぐぞ」
いわれずとも、と示すようにオルヴェは今までよりも更に強く大地を蹴り飛ばした。
傭兵《ハイランダー》のように軽鎧を着ているならまだしも、占星術師《ゾディアック》のようなローブ一枚程度の軽装だと魔物の体当たりだけでもマトモに受ければ死の危険も見えてくる。
頭の中にとぐろを巻いて居座ろうとする〝最悪の事態〟を振り払うように一行が全速力で走っていると、やがて見えてきたのは大きな石造りの遺跡だった。
「来ないで下さいぃ……‼」
予想通り、遺跡のすぐ傍では一人の少女|医術師《メディック》が魔物に囲まれており、オルヴェは急ブレーキをかけて寸でのところで茂みに身を潜める。
……白衣を着ておらず新米らしい桃髪の少女は護身用の杖を必死に振って魔物を遠ざけようとしているが、彼女の呼吸は離れた距離からでも分かるほどに荒く激しく、震える細い足は今にも膝をついてしまいそうだった。
少女の限界が近いのは魔物にもアルゴノーツにも、誰の目にも明らかだった。
「このままだとあの子、五分も持たないよ」
「早急に手を打った方がいいでしょうね……でも」
少女を観察していたイリスはいつでも手にした槍で飛びかかれる体勢のままポツリとつぶやく。
頭の中ではこれからの手筈や戦闘をシミュレートしているのか横顔は険しく、オレンジの丸っこい目は戦士の鋭さを宿している。
更にアリシアが攪乱に囮、総攻撃と様々な意見を出すがどれも実行には至らない。
──理由は単純、アルゴノーツには〝実戦経験がない〟からだった。
訓練を受けているイリスですら身動きが取れない以上、他メンバーがやみくもに乱入したところで動けるのかという話だ。
ちゃらんぽらんな酒場の店主ですら、野良戦闘に関しては現時点では避けるようにと忠告していたほどに。
「どうしますか……ってオルヴェくん⁉」
エドがリーダーである少年に意見を仰ぐべく見上げた時、彼は既に茂みの中にいなかった。
「オレに、任せろぉぉぉっ‼」
アリシアたちが止めるヒマもなく、オルヴェは茂みから一気に駆け出すと魔物と少女の間に割って入った!
突然叫びながら現れた少年を見て、メディックの少女はぽかんと口を開けて立ち尽くし、虫型の魔物は突撃してきたオルヴェに驚いて転げつつも間一髪で一撃を避ける。
……魔物の反応にオルヴェはニヤリと笑う。
綿のような筋肉に包まれた魔物は見た目に反し動きは鈍い、先ほどまで少女が戦っていたからか手傷も負っているようだ。
──これなら余裕で勝てる!
「くらえ虫どもっ!」
オルヴェは果敢に剣を振り上げると手前の虫型の魔物──『マッスルフライ』に斬りかかる!
が、素人丸出しの大きな動作を野生で生きる魔物が見逃すはずもなく、そのまま華麗に避けられてしまう……〝だけ〟のはずだった。
「あ」
オルヴェの腕に伝わったのは肉を切り裂いた感触でも、土をえぐり抜いたような感触でもなかった。
ガラスを叩き割ったような甲高い音は、音というよりも振動となって骨を震わせ、剣にしては異様に軽い感触が少年の背筋に一滴の冷や汗を流す。
……目の前では新品のショートソードがなんと真っ二つに折れていたのだ。
「おっ──折れたぁ‼⁉」
アルゴノーツ初めての戦闘はオルヴェの絶叫から始まった。
あとがき
『ラグナロクの覇者』の第一話だよ!今回はプロローグ。
メインメニューやお知らせにも記載した通り、本作からは設定やストーリーを調整・改稿したいわゆる新生『ラグナロクの覇者』になりました。
(2024~2025まで連載していた旧バージョンは別ページに移転、誤字脱字もそのまま残してます…)
この改稿に合わせ、話の分け方の調整、大量にあった誤字脱字・表記ゆれ・ミスを出来るだけ直したので以前よりも更に読みやすくなったと思います。
第一話・第二話のストーリーは旧バージョンとほとんど同じですが、第三話からは主人公オルヴェくんの『とある設定』を復活させた新生『ラグナロクの覇者』らしいストーリーになっていくのでお楽しみ下さい。
第一話自体の話に移ると、『ラグナロクの覇者』は『新世界樹の迷宮』シリーズのストーリーモードをガッツリ意識したヒロイックでキャラクター重視なストーリーにする予定です。
元々ギルド『アルゴノーツ』の冒険者たちはヒロイックなシナリオが特徴的な原作ゲーム『世界樹の迷宮X』を120%楽しむためにキャラメイクした冒険者なので、小説にする際も元々のシナリオの流れやNPCとの会話が生かしやすく違和感が少ないので楽しいです。
熱血で素直な犬系主人公(vo.青年・元気)。
頭脳明晰なツンデレ系幼馴染。
ニヒルでよくケンカするけど阿吽の呼吸なクールな親友。
みんなに愛されるけどやる時は頼れる妹分。
そんなみんなを見守るお母さん系お兄さん…と好きな主人公チーム要素をぎゅっと詰め込んだギルドでもあります…(これがおれの新世界樹の迷宮Xストーリーモードだ!)
新生『ラグナロクの覇者』ではここへ更にちょっぴりダークな要素を追加してより魅力的で、印象的な、私好みのギルドになったので今後とも『アルゴノーツ』の活躍を是非ご期待ください。