1
「オレたちが勝ったんだ、オレたち──うぇぇぇ⁉」
「わぁぁぁん! オルヴェぇぇ!」
オルヴェが勝ち鬨の声を上げようとしたその脇腹にアリシアが自分の怪我も顧みずに突っ込んで、オルヴェは鈍い音を立てながら石畳の上に押し倒される!
「このバカ! 本当に死んじゃったかと思ったじゃない‼」
「まっアリシアちゃん! オルヴェくん今鈍い音しましたけど⁉」
戦いが終わり緊張の糸が切れたのか、アリシアは整った顔を涙と鼻水まみれにして子供のようにわんわんと泣きながらオルヴェの胸に顔をうずめている。
アリシアに続きイリス、エドも先ほどのあまりにも恐ろしい光景とオルヴェの姿を思い出しそれぞれ鼻をすすり耳を赤くして涙ぐみだした。
「わだじもっ、オルヴェぐん死んじゃったがど思ったんだよぉぉ‼」
「ちょ! イリスちゃんも落ち着いて……‼」
「ったく……おいオルヴェ、テメェもいつまでも倒れてないで起き──?」
鼻声のヴィーザルが押し倒されなすがままのオルヴェの手首を握ると、オルヴェは脱力しているのか重く──いや〝重すぎる〟。
「オルヴェ、起きろって、なぁ」
ふと、ヴィーザルの脳裏に嫌な予感がよぎってオルヴェの首と手首に指を当てた。
「……どうしたのよヴィーザル」
「脈がない」
「え?」
顔面蒼白のヴィーザルの呟きに、アリシアは恐る恐る自分が抱きしめている相手の顔を伺う。
突然自分に押し倒されて、目を見開き口をあんぐり開けた少し驚いた表情……転んでしばらく経つというのに。
よだれを垂らした半開きの唇、ピクリとも動かない鼻腔、膨らみもせず無音の胸、ぬるい体温。
ヴィーザルでも抱きついたアリシアでも、自分たちの周囲に広がる迷宮群でもない、何も見ていない濁った碧眼。
「アリシア、てめぇまさか……」
「そんな、嫌よ、嘘、嘘嘘嘘……‼」
「オルヴェくん! 頼むから起きて下さいオルヴェくん‼」
「オルヴェくん!」
半狂乱になって動かなくなったオルヴェを揺り動かしていた冒険者たちの耳にふと、聞き慣れない金属音のような声が聞こえた。
「……彼は、生きています」
「⁉ っ誰!」
「ここです」
オルヴェを半分抱えたまま血眼になって謎の声の主を探すアリシアたちは自分たちの下から〝それ〟が聞こえているのに気づき、とある一振りの剣の前で立ち止まった。
「まさか……|この剣《てめぇ》が喋ってるのか?」
「はい」
……それはオルヴェが東土ノ霊堂で最初に拾った剣だった。
剣は輝きを失った今でも翠の宝玉は水面のようにゆらゆらと光を湛え、蒼い燐光が周囲を照らしている。
「私を彼の身体の上へ設置して下さい、そうすれば彼は目覚めます」
「あなたを置けばオルヴェは生き返るの⁉ そうなの⁉」
「ええ、ですので早く」
アリシアはすぐさま喋る剣を手に取って、力なく横たわるオルヴェの胸にそっと剣を置くとすぐに翠の宝玉が光と音を発し始める。
オルヴェの身体の上で青白い線と光が、そして青白い四角と高速で流れる文字が浮かび上がり、点滅を繰り返し、やがてオルヴェの濁った青い瞳に澄んだ光が戻った。
「ぅん……あれ、みんな?」
「おはようございます、マスター。ご気分は如何でしょうか」
「け、剣が喋ったぁ⁉ ってお前があの時の声⁉」
「はぁ⁉ 一体どういうことだよオルヴェ⁉」
寝起き直後のような反応を返すオルヴェだったが、自分の胸で喋る剣に気づくなり勢いよく跳ね起きて剣にぐっと顔を近づけた。
「……改めて、はじめましてマスター。私は『ベータ』、この島で製造された『万能型対人兵器フェンリル』の初号機です。フェンリルは機体名、ベータは他機と区別するための愛称です。お好きな名称でお呼び下さい」
蒼光を放つ剣……ベータはそこまで一息に言い切ると、オルヴェの返答を待つように宝玉をゆっくりと点滅させる。
口調は丁寧で温和だがアリシアも知らない未知の単語をつらつらと口にする相手にヴィーザルたちは警戒を隠さず武器を構えるが、一方でオルヴェは何かを思い詰めたような暗い表情をしていた。
「……あの時、オレに話しかけてきたのはベータなのか?」
「YES。マスターは私の『取引』に応じ、対価としてマスターは蘇生されました」
「ベータがオレを治してくれたのか……ありがとう」
……改めてオルヴェは自分の身体を見る。
死ぬ前に捻った足や軽い傷は全て跡形もなく完治しており、軽く見た感じどこもおかしくはない。
ただ唯一オルヴェにある傷といえば先ほど魔物に鎧ごとぶち抜かれ、大穴を開けられた腹の傷だろう。
傷自体はふさがっているが穴のあった場所には痛々しい丸い傷跡が残り、皮が突っ張ったように固くなっていた。
「……やっぱりオレ本当に死んでいたんだな」
「オルヴェくんを生き返らせてくれてありがとうございますベータさん。なんとお礼を言ったらいいのか……‼」
「生き返らせた、厳密には〝今も〟ですが」
「今も?」
ベータの歯切れの悪い答えにヴィーザルが眉間にシワを寄せてすぐ、空中に先ほどと同じような青白い四角が出現する。
謎の線や数値が上下する四角の中には『オルヴェ』の名前が書かれた人体とベータらしき剣が線で繋がっている絵が記されていた。
「……これってオルヴェ?」
「現在、マスターの身体は私によって生命を維持している状態にあります。先ほどのように私を手放すとマスターは元の死体に戻ってしまいますのでご注意を」
「なっ⁉」
無機質で淡々とした声が語る衝撃の事実に、アリシアたちの脳内で先ほど目の当たりにした景色……蝋人形のように濁った目玉の少年が浮かび上がる。
──ベータを手放すと、オルヴェは死ぬ。
普段はクールなヴィーザルが顔中に玉のような汗を浮かべ、敬虔なエドは嘆くように祈りの言葉を呟き、イリスは絶句したままオルヴェとベータを凝視していた。
「オルヴェくんが、もう死んでる……?」
「マスターと私はある『取引』を行いました」
「取引、ですって……?」
「みんな! これには理由があって……!」
「マスターの望みは瀕死の我が身を救い、皆さんを魔物の手から守り抜く『力』。その願いの対価は──」
青白い光が空中で機織りのように紡がれる神秘的な光景にオルヴェたちがあっけにとられていると、やがて光は半透明な世界樹とレムリア島の姿に形を変える!
未だ司令部も把握していないレムリア島の全貌はまるで大きな一つの大陸を引き裂いて作ったかのような形状をしており、その中央に位置する世界樹は目標地点である麓らしき部分で赤い丸が点滅を繰り返していた。
「──私の使命、それは分断されたレムリア島を渡り世界樹の麓へ赴くこと。これは人類の存亡、世界の未来が懸かった重要なミッションだと教えられています」
「マスター、これが契約の対価です。私を世界樹の麓へ連れて行って下さい」
「「人類の……存亡⁉」」
──アルゴノーツとオルヴェの命の対価、それは人類と世界の存亡を懸けて前人未到の世界樹の麓へと辿り着く事だった。
「世界樹の麓って……そんな場所、私たち新米じゃあ辿り着けるのかも怪しいのよ⁉」
「私とマスターは同意の上で取引を行いました。……マスターは皆さんと自分の命のために世界と人類の存続を背負うと決めたのです。もしも拒否するのならば私もマスターの生命維持を撤回させて頂きます」
──それはつまり、世界を救わなければオルヴェの命はないという事だった。
「てっ──てめぇなに抜かしてんだこのクソ鉄がぁ‼」
ベータの回答に普段冷静なヴィーザルは爆発し、血管を浮かせて怒鳴り散らしながらオルヴェの手ごとベータに掴みかかる!
イリスが涙声でヴィーザルにしがみついて必死に止めるがその怒りは治まらない。
「う、うーちゃん、だめっ‼ ベータさん傷つけたら……オルヴェくんが、死んじゃう‼」
「俺らは人質かよ⁉ このクソ剣が‼」
「……こんな、こんな不浄な……そんな契約が……」
「オルヴェ……? これってどういう、どういうことなの?」
エドは顔面蒼白で震えながら胸元の聖印を握り、慟哭のように祈りの言葉を紡いでいる。
そしてアリシアはもう泣きすぎて涙は出てこないのに、顔色が真っ白で口だけが震えていた。
「この話はもうオレもオッケー出してるし! それに別に今はなんともないし大丈……」
「大丈夫なワケないでしょう! 馬鹿なんですか君は⁉」
「今のあなた、私たちを助けるためにゾンビになっちゃったってことじゃない! そんなの、そんなのって‼」
「でも、オレ……」
……全員助かった。
なのに笑顔の者は一人もおらず、悲痛な表情を浮かべパニックに陥ってしまった仲間たちになんと声をかけたらいいか分からなくなって、オルヴェも俯いて黙り込んでしまう。
そんな中、ベータが冒険者たちを諭すように静かに口を開いた。
「それともう一つ……皆さんがこの旅を拒む理由を一つ減らすために、お話ししておかなければならないことがあります──マスターの身体のことについて」
「オレの、身体?」
冒険者たちは一斉にオルヴェの方に振り向き腹部の青い鎧が割れた身体を見つめる。
……ベータの力でこの世に押し留められているオルヴェの身体は見た目だけなら生前と同じだ。
「世界樹の麓には、私とこの霊堂を作り上げた古代文明の中枢が存在します。そこには『生命を修復するための装置』が眠っていると教えられています」
ベータの宝玉が一瞬だけ光量を落としてすぐ躊躇するように揺らめく。
「それらがまだ稼働するなら……マスターを元の身体に戻すことも不可能ではありません」
「‼」
──更にベータは少しだけ言葉を溜め、少年少女たちへ言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「私の使命と、マスターの治療の可能性は『同じ場所』にあるのです」
「オレとベータの……」
「……もし、その話をオルヴェが断ったらどうするつもり?」
「残念ですが仕方ありません、別の協力者を探すまでです。ですがここ以外にマスターの身体を元に戻せる可能性は限りなく低いと推測します」
しん、と静まり返る霊堂。
ベータはオルヴェたちの答えを待つように宝玉をゆっくりと明滅させて様子を伺う。
「〝別の協力者〟を探す、ってまた人質かよ……お喋りソードが」
「……いくら世界が懸かっているからってこんなのあんまりですよ」
……オルヴェの身体を戻す可能性は世界樹の麓にある、そしてベータの目的は世界と人類の存亡の為に世界樹の麓へ行くこと。
肩をすくめているヴィーザルや難しい顔で考えているアリシアが自分と同じ立場に置かれたらきっと憤慨するだろうし、口を手で覆って沈黙するエドや不安げに自分を見上げているイリスなら諦めてしまうかもしれない。
「オレは……」
……オルヴェの胸の中にも命と仲間を天秤に乗せられている恐怖がないわけじゃない。
(怖い。またあんな目に、今度こそ死ぬ? みんなを置いて……でも、)
それでも、先ほどの戦いで見たベータの強さと能力。
これがあれば少なくとも今回みたいに仲間を守れる。
そしてあの時〝ベータを手に取った〟のはオルヴェ自身、自分だけじゃなく仲間も助けてもらったのに約束を、それも人類と世界が懸かった約束を投げ出すなんて恩知らずにもほどがある。
何よりも──。
「……オレはベータと約束して助けてもらった、だから行くよ。……それにちょっとだけこういうシチュエーションには憧れてたからな!」
──古の使命を持った伝説の剣に選ばれる。
高い壁も対価を求められる事だって、英雄譚のお約束だと思ってしまえばなんだか楽しくなってくるものだ。
いつものように歯を見せて笑うオルヴェの姿にアリシアたちも覚悟を決めたのか、唇を真一文字に結んだ顔でこくりと首を縦に振ってみせた。
「……分かってるわよ。昔からずっとあなたの考えなんて」
「へへ、そっか」
「最初は世界の存続の危機とか、怖いけど……オルヴェくんを治すためには世界樹の麓に行くしかないんだよね」
「神の御心に背く旅になるかもしれませんが……僕はオルヴェくんを見捨てませんよ」
「ちょっと癪に障るが……それしかないんだろ」
「分かったよ、ベータ……オレたちアルゴノーツがお前を必ず世界樹の麓に連れて行ってやる‼」
ベータを空へと掲げたオルヴェは大声でもう一度約束を口にする。今度は仲間たちも一緒に。
「……ありがとうございます。必ず、世界樹の麓へ連れて行って下さいね」
陽光にかざされたベータは蒼い刃と翠の宝玉を煌めかせながら静かに感謝の言葉を口にした。
2
「──これが、今オレたちが持っている情報だぜ。役に立ちそうか?」
「はい、状況は把握しました。マスターたちは冒険者と呼ばれ、レムリア島に眠る『古代レムリアの秘宝』に関する調査を行っているのですね」
嵐と荒波を越えて来た『飛行都市マギニア』、レムリア島に眠る『古代レムリアの秘宝』、そして世界各地から集められた冒険者たち。
オルヴェたちの説明を聞かされたベータは、キチキチと電気でできた歯車のような音を鳴らす。
……何となく、その金属音がオルヴェには相槌や了承のように聞こえた。
「でも私たちの司令官はこの遺跡の存在を知らなかったし、あなたみたいな遺物……それも人間と同じように意志を持ち、喋る遺物なんて以てのほか」
「だからテメェには色々話してもらう。オルヴェと交わした円滑な『取引』のためにもな」
「ご心配なく、ヴィーザル。私は真実のみを話すようプログラムされておりますので」
「ハッどうだか……面倒事を黙ってやり過ごそうなんて思うなよ」
「ちょっとヴィーザルくん、流石にそれは言い過ぎな気がしますよ……」
ベータを睨みつけ、唾を吐くように悪態をつくヴィーザルをエドが宥めたが、褐色肌の少年はベータに対する嫌悪の表情を隠そうともしない。
アリシアもイリスも、謎の多すぎる相手に気後れしているらしくしきりに見てくるものの、話しかけようとしない。
……ここは、ギルドマスターである自分が先陣を切るべきだろう。
「じゃあオレから質問、まずこの遺跡ってなんなんだ? さっきの魔物は?」
「質問に一つずつお答えさせて頂きます。この遺跡は『|東土ノ霊堂《とうどのれいどう》』。かつてこの地にいた民が創り出した施設です」
「東土ノ霊堂⁉」
「おや、既にご存じでしたか」
『東土ノ霊堂』の名を聞くなりオルヴェたちはにわかに沸き立ち、解読者であるアリシアを囲んで彼女を褒め称えた。
「昨日アリシアがこの霊堂にあった文字を解読してくれたんだ、アイツすっげぇ頭良いんだぞ?」
「アリシアちゃんすごい! 遺跡の名前、正解だったよ!」
「ま、まぁ当然よ!」
目を輝かせたオルヴェとイリスに詰め寄られアリシア本人も悪い気はしないのか、照れながらも鼻高々に髪をかきあげる。
「おほん、それでこの施設はなんのために作られたの? 他にも同じような遺跡はあるの?」
「それは──」
更にアリシアが質問した直後、ベータから甲高く聞き慣れない音が鳴り響きオルヴェたちは肩を跳ねさせた。
「うおっ⁉ どうしたベータ!」
「申し訳ありません。データが、人間でいう『記憶』が一部破損しておりそちらの質問にはお答えできません。恐らく長い年月による内部の破損が原因でしょう」
「それは困りましたね……」
「……嘘ついてるなら容赦しねぇぞ」
「さすがにこの状況で嘘をつくメリットなんてないでしょ」
記憶はないが嘘はつかない、とベータは言っていたがやはり信じられないらしくヴィーザルは更に目つきを鋭くして、エドも不安げに小さく唸る。
すぐにオルヴェは話題を変え、石畳に横たわる魔物の死体を指差した。
「なぁベータ! それじゃあさっきの魔物について教えてくれよ!」
先ほどの戦いで切り裂かれ焦がされた身体からは甘ったるい香りのする蜜が垂れており、どこからともなく現れた虫たちが既に蜜のプールを飛び回り始めていた。
「もうオルヴェくん、ベータさんに目はついてないでしょ? えっと、大きな花を背中におんぶしてる植物型の魔物で……」
「イリス、私はマスターの視界を共有しているので外見の説明は不要です。先ほどの魔物は施設を警備する守護獣、識別名は『大いなる花獣』といいます」
「大いなる花獣?」
「霊堂の守護獣は侵入者以外を襲わないようプログラムされています。侵入者を撃退する場合、ツルによる拘束・麻痺作用のある毒ガスを噴霧し武装解除します。ですので、先ほどの侵入者の殺害を目的とした行動は異常です」
「殺害……」
殺害、という単語にオルヴェの剣の柄を握る力が増す。
マッスルフライ相手でも命がけの戦いである事に変わりはないのだが、振り下ろされた棍棒のような鞭の風切り音や重量、そして──。
「──オルヴェ!」
「‼」
不意に肩を叩かれ振り向くとアリシアがオルヴェの肩に手を置き、こちらを伺うような唇を噛み締めた顔で見上げていた。
「……大丈夫じゃなさそうね」
「! 別に、オレさっきのこと気にしてないし──」
何でもない、と言葉を続けオルヴェは額を拭う……自分でも驚くほど冷たい脂汗がいくつも流れていた。
「あ……」
思っていたよりも自分の中であの出来事は堪えているようで、情けないやら恐怖やら、暗い感情がオルヴェの腹の中をぐるぐる巡っていた。
そんなオルヴェの額をアリシアはそっと拭い小さく息をついた。
「とにかく、ここで話を続けるのはやめましょう。地図も描き終えたし、今日は一度司令部に戻って休むべきよ」
「そうだね……オルヴェくん、ほんとに大丈夫?」
イリスから心配そうな声で話しかけられたオルヴェは親指を立てるとわざとらしく歯を見せながら笑みを浮かべてみせる。
「へーきへーき! 腹減った!」
「どの口が言ってやがる……」
「それに、長居するとまたあんな魔物が出てくるかもしれませんし一旦引き上げましょうか」
「おう! じゃあ司令部に帰ろうぜ!」
先ほどの落ち込みはどこへやら、ベータを掲げてマギニアのある方角を示すオルヴェに仲間たちは安堵の笑いをこぼし、アルゴノーツの空気は少しずついつもの調子を取り戻した。
「そういえば司令部とはどのような施設なのですか?」
「えっとね、ミッションを引き受けたり地図や報告をまとめる場所だよ~」
「マギニアを治めているペルセフォネ姫もそこにいるが──」
「おいヴィーザル‼ ベータに変なこと吹き込むなよ!」
「事実だろ」
「もう、あなたが来賓席にいたのを見た時は本当に心臓が止まりそうだったんだから……」
わちゃわちゃと賑やかに言い合いながら、冒険者たちは東土ノ霊堂を後にする。
「……すこし、じぶんかって、だけど……ゆうかんで、やさしいところもあるんだね」
……燐光を放つ剣を手に霊堂を去るオルヴェの背中を、何者かが見ていたのに冒険者たちは気がつかなかった。
3
司令部へ戻ったアルゴノーツを待っていたのは相変わらず忙しそうなペルセフォネ姫だった。
険しい横顔で書類に目を向けていた姫君は、生花の独特の香りに気がつき顔を上げると完成した地図を掲げて走ってきたアルゴノーツに労いの笑みを浮かべた。
無事、東土ノ霊堂を踏破したという報告に表情を和らげ、満足げな面持ちで地図を確認していたペルセフォネだったが、不意に手を止める。
「ところで、それはなんだ?」
「それ?」
オルヴェが首を傾げると姫は腰の辺りを指さす。
指先が示した先には鞘が無いのでとりあえず布でぐるぐる巻きにされたベータが佩いてあった。
……布がほどけて刃がむき出しになった状態で。
無言で大慌てする仲間たちとは対照的にオルヴェは堂々と剣を見せつける。
「これは東土ノ霊堂で拾ったオレの剣です!」
「霊堂で?」
「はい! これで奥にいた魔物を倒しました!」
「『大いなる花獣』っていう、花粉や蔓で攻撃してくる魔物で……」
いそいそと提出した羊皮紙の山を漁って大いなる花獣の絵のものを探すアリシアだったが、ペルセフォネ姫は霊堂で拾った剣、という言葉の方が気になるらしくわずかに片眉を上げた。
「魔物の話も気になるが……まずはその剣を少し私に見せてくれないか」
「えっ⁉」
ペルセフォネ姫が目配せすると両脇に控えていた衛兵がオルヴェの方へと駆け寄ってくる。
カチャカチャと近づいてくる金属鎧の音、剣を渡すように急かす優しい声色、手に握るベータに向かって奪うように伸びる大人の腕が今のオルヴェには自分の首を絞めようとする凶器にしか見えなかった。
「ではその剣を預り──」
「い、いや……いやだ!」
「なっ⁉」
咄嗟にオルヴェは腰からベータを引き抜くと赤いマントごと剣を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう!
急に剣を抜いた少年に衛兵たちはどよめき剣の柄に手をかけるが、すぐに彼らの間にアリシアとエドが割って入った。
「待って! オルヴェを斬らないで‼」
「お、おい! 君たちは下がって!」
「調べてもいいからどうか剣は取らないで下さいっ」
「流石に無理だ! 大人しくするんだ!」
オルヴェを庇うように立ち塞がる二人に衛兵は困惑しつつも少し語気を荒げ強引にオルヴェに近づこうとする。
「ほら君、早くその剣を提出してくれ。調べるだけだから取ったりしないって」
「ひっ……!」
聞き分けのない子供を諭すような声で剣を提出するように迫る衛兵たち、しかしオルヴェは呼びかけられても肩を軽くゆすられても剣に顔をうずめたまま頑なにそれを離そうとしない。
恐慌状態のオルヴェ、衛兵の間に割って入って彼を庇うエドたち、抵抗する冒険者たちに手を焼く衛兵。
そんな彼らをペルセフォネは腕を組んで見つめていた。
……衛兵は王族であるペルセフォネの身を守るのが任務だ。
多分この少年程度の力量なら斬りかかられてもペルセフォネ一人で迎撃できるだろう。
それに、マギニアでは樹海や遺跡で発見した物品は司令部への報告、あるいは提出の義務が存在する。
マギニアの冒険者なら誰でも──新米ギルドのアルゴノーツでも──絶対に知っているはずだ。
(呼吸も浅い、鎧の破損の割には腹には傷跡だけ……あの少年の怯えようは一体?)
一言も発さず息苦しそうに座り込んで震えているオルヴェの怯えようは一目見ただけでも尋常なものではないと理解できる。
その異常な怯え方はまるで、頭蓋に銃口を突き付けられ死の恐怖に震えている捕虜そのものだった。
「──分かった。剣はそのままで良い、押収もなしだ」
「⁉ ペルセフォネ姫! いやしかし……」
「剣なら鞘を見繕えば良いだろう。それに、こんな怯えた子供から力ずくで奪ってどうするのだ」
ペルセフォネ姫はマホガニー材の分厚いデスクの上の古い本を手に取ると、空色のマントを翻してオルヴェたちの方へゆっくりと歩み寄った。
「……あの遺跡で汝らに何があったのかは知らないがすまない。先ほどの行動は些か軽率だったな」
「……っペ、ペルセフォネ、姫」
「その剣は持ったままで構わない。だから、少し調べさせてくれないだろうか」
うずくまったオルヴェの目線にまでしゃがみ込んだペルセフォネ姫はアクアマリン色の瞳をわずかに細め、分厚く古い皮と黄ばんだ紙の古書物をオルヴェたちに掲げて見せた。
「これは『レムリア載記《さいき》』。遥か昔、この島で繁栄した古代レムリア王朝の記録が残る貴重な書物だ」
「レムリア載記……?」
オルヴェの呼吸が落ち着いてきたのを見計らってペルセフォネ姫は立ち上がると自分のデスクの方へ冒険者たちを手招き、レムリア載記と呼んだ本を机上に広げた。
オルヴェもエドやヴィーザルに支えられ立ち上がって本をのぞき込むと、そこには飛行都市マギニアだけではなく不死の薬が湧きだす杯、いかなる病をも癒す食物とにわかには信じがたい秘宝の数々が描かれ、記録されていた。
「当時の文化や国の祭事についての他、この飛行都市や我らが追い求める秘宝についても記されている」
「こんな貴重なもの見てもいいんですか⁉」
「ああ、実は汝らにも見てもらいたいものがあってな」
そう言ってペルセフォネ姫がレムリア載記のページを捲る。
……そのうちの一ページの中に宝玉のはめ込まれた不思議な形状の剣の挿絵があった。
「ベータ⁉」
「ほぅ、既に名前まで付けているとはな」
しまった、とオルヴェが口を覆うがペルセフォネは我が子を見守るような温かな表情で微笑みかけてくるだけだった。
……勘違いされているようだ。
オルヴェは内心ホッとしたような恥ずかしいようなモヤモヤした気持ちに襲われ顔を赤くしながらも視線をページへと戻す。
「東土ノ霊堂で発見されたという剣……それは恐らくレムリアの秘宝の一つ、『レムリアの宝剣《ほうけん》』だ。載記によればレムリアの宝剣という名だが、剣だけではなく〝持ち主が一番得意とする武器に姿を変え、あらゆる戦場を勝利に導いた〟とある」
「レムリアの宝剣……‼」
「ちょっと待って! レムリアの宝剣が秘宝の一つってことは……まさか没収⁉」
「没収……もしかしてそれを心配していたのか? 案ずるな、そのことに関してはこれから話したいと思っていたのだ」
宥めるような笑みを浮かべたペルセフォネは本を片手に背後に吊るされた大きな地図を指差す。
各地の景色であろう挿絵やメモや赤い線や丸がいくつもある島の全体像は霊堂でベータが見せてくれたものと非常によく似ていたが詳細は描かれていない。
その中でペルセフォネはマギニアの停泊している島と初めて見る樹海の絵が描かれた隣の島を指でなぞった。
「レムリアの宝剣は各地の霊堂の最奥にある〝別の島に通じる『樹海磁軸《じゅかいじじく》』〟を起動させる唯一の手段らしいのだ」
「別の島へ⁉」
身を乗り出して復唱するオルヴェの首根っこをヴィーザルが掴んで引き戻し、まるで親犬と子犬のようなやり取りにペルセフォネ姫も小さく笑い声を漏らした。
「ねぇねぇアリシアちゃん、『樹海磁軸』ってなぁに?」
「『樹海磁軸』っていうのは樹海の特定のポイントに生えている光の柱よ。それに触れると街や別の樹海に瞬間移動できる不思議な効果があるの」
「そんなものがあるんですねぇ……!」
樹海磁軸、街と樹海を繋ぐ謎の光の柱であり専門家や歴戦の冒険者の頭脳を以てしてもその正体は分からない樹海の不思議の一つだ。
……そんな魔法のような技術をベータを創り出した人々は制御していたのだろうかと考えるだけでオルヴェの胸は高鳴るばかりだ。
「私は樹海には赴けない、その代わり我々司令部もレムリアの宝剣について文献や調査を行っておこう」
アルゴノーツ、と鋭くも期待するような声に名前を呼ばれオルヴェたちは背筋を伸ばす。
「ではアルゴノーツよ、レムリアの宝剣を用い世界樹の麓への道を発見するのだ!」
「はいっ! オレたちに任せて下さい!」
司令部の天井にまで届きそうな大声でオルヴェは頭を縦に振る。
剣の刃身は今のオルヴェのように清々しい蒼を輝かせ、馴染んだ赤い柄を握りなおすと俄然やる気が湧いてきた。
東土ノ霊堂を踏破した報酬を貰ったアルゴノーツは、自分たちの活躍を祈念し酒場で少し豪華な夕食を取る。
五人で囲むテーブル席にはそれぞれの好物がどかどか並べられ、若き冒険者たちの発見を知った同業者に声をかけられては初めての冒険の話を繰り返す。
……そんな大盛り上がりの様相を呈していた。
4
初めての迷宮踏破のどんちゃん騒ぎの翌日、彼らは東土ノ霊堂の花の魔物が住んでいた広間に足を踏み入れていた。
未だ鼻をつく刺激臭は残っているが、ヌシのいなくなった遺跡は死の静けさと寂寥感に支配されていた。
「樹海磁軸はこの先にあります」
「……開けるぞ」
昨日は気づかなかったが大いなる花獣が塞いでいた広間の奥に、他よりも一際古びた扉が鎮座していた。
ベータを握りしめてオルヴェが力を込めると石の扉は枯れ草を落としながら重い音を立てて開く。
──最後の部屋の中央に青白く輝く光の柱が聳り立っていた。
「これが樹海磁軸か、罠らしきものは無さそうだが……司令部で見たのと動きがちげぇ」
「なんていうか、動きが悪いわね」
そう言いながらアリシアが磁軸に触れてみるが一向にどこかへ飛ばされるような気配はしない。
キラキラと光を空へと舞い上がらせる樹海磁軸は参考に見せてもらった絵と同じ形をしているのだが、色は青く動きもどことなく鈍い。
「磁軸を確認しました、未起動の状態です」
「ということは、こっからがオレたちの出番か」
ベータの声を聞くやオルヴェはニィと歯を見せて笑うと磁軸へと近づく。
静まり返る小部屋の中、固唾を飲んで見守る仲間たちの中央でオルヴェは目を閉じて剣を構える。
「剣を空に掲げ、精神を集中させて下さい」
オルヴェは深呼吸をしながら指示通り剣を天へ突き出し目を閉じる。
その姿はまるで街に立つ英雄の像のように勇ましいものだった。
瞼の暗闇の中でオルヴェの耳に聞こえてくるのは自身の鼓動の温かい音と風の音、そして子守唄のようなベータの声だけだ。
感覚を研ぎ澄ませつつも鼓動はいつもと同じ間隔で音を刻む。
身体の全てが冷たく清らかな水の中にいるような感覚は初めて残影を出したときと同じものだった。
「──ふっ!」
全身にビリッと電流のような予兆が走り、オルヴェは青い目を見開いて一気に剣を振り下ろす!
剣の軌道を描き放たれた閃光が磁軸のど真ん中を捉え命中すると、磁軸は根本から一気に輝きだし青からピンクへと色が鮮やかに移り変わった!
「おおっ!」と仲間たちから歓声が上がり全身の集中が切れ肩を上下させながら息を吐いているオルヴェにベータはこれまでよりもずっと柔らかい声で話しかけてきた。
「おめでとうございます。マスター、そしてアルゴノーツの皆さん。樹海磁軸の起動に成功しました」
「ほ、本当か⁉」
全力疾走したかのように息を切らせながら問いかけるオルヴェにベータは肯定を示す。
やってやった、とオルヴェの胸の中に得もいわれぬ熱が満ちる中でイリスたちはオルヴェとベータに近寄ると大喜びで彼に抱きついた。
「オルヴェくんっ! さっきの本当に勇者みたいだったよ!」
「だろ! 改めて燃えてきたぜ‼」
「はしゃぐのもいいけど、まずはどこに繋がってるのか確かめないと」
無邪気に喜ぶオルヴェとイリスを冷静にたしなめるアリシアも好奇心を抑えられないのか、目を輝かせて楽しげに磁軸を眺めていた。
「エド! ヴィーザル! ほらほらイエーイ!」
「てめぇは相変わらずこれ好きだな、おらっ」
続いて喜色満面といったエドと、どことなく浮ついているヴィーザルもオルヴェに近寄ると若者らしく拳を突き合わせて喜びを分かち合う。
「行こうぜみんな! 世界樹の麓に!」
オルヴェを筆頭にアルゴノーツ一行は一斉に樹海磁軸に触れる。
ピンクの光に包まれふわりと足元が浮き上がったかと冒険者たちが認識した直後、既に彼らの姿は東土ノ霊堂から消えていた。
……アルゴノーツとレムリアの宝剣を巡る冒険の幕が、今上がる。
あとがき
『ラグナロクの覇者』の第四話だよ!今回はレムリアの宝剣『ベータ』との出会いとミッション報告まで。
ここから先、新生『ラグナロクの覇者』ではオルヴェのゾンビ化設定を復活させたストーリーが本格的に始まります。
お人好しだけど一度体感した死の恐怖で動けなくなる元気な熱血少年オルヴェ!
ゾンビなのでバラバラになっても大丈夫ネタ!
良い感じに和解してきたのに複雑な事情によりベータがオルヴェの肉体を乗っ取って無理やり操作しちゃって友情崩壊!
戦闘中や街中で盗まれるなどしてベータを手放してしまって死体に戻っちゃうネタ!
「オレ、ゾンビだから!」で素オルヴェのまま街に繰り出すハロウィンネタ!
狡猾な魔物とかに拘束されてしまい仲間が嬲られ死んでいくのを見ていることしか許されない絶望オルヴェ!
ベータを手放してしまい、偶然手元に戻って意識が戻ったらすでに仲間が血の海に沈んでいたオルヴェ!
ゾンビ化がバレて扱いが一転するオルヴェ!
色々書きたいぜイヤッフウ!!
ゲームプレイ日記以前の原案や数年前の世界樹の迷宮X初回プレイでは”オルヴェは既に死亡しているがベータによって動いているゾンビ少年”という設定でした。
(『オルヴェ』『ベータ』『ガンマ』の関連人物コーナーに少し匂わせ記述があります)
旧バージョンやゲームプレイ日記を書き始めた当初はひねりのない王道ヒーロー物語が書きたかった、初回プレイの脳内妄想と被る、流石に少年ゾンビ冒険者は初見バイバイ要素かな…と思って御蔵入り・隠し設定程度にしていました。
でも色んな作品やよそのお宅の冒険者さんを見て、のんびり過ごしているうちに今になって考えてみると『熱血勇者だけど実はゾンビ』『元気な子が病気・失敗・その他もろもろで元気じゃなくなるの良い…』…って、相当美味しいな??と思いまして。
キャラクター説明のインパクトも強いですし、アルゴノーツ御一行が世界樹の麓へ向かう大きな動機付けにもなりますし、オルヴェだけではなく仲間たちのキャラクター性も掘り下げられますし、なにより自分の性癖にゾンビ化(人外化)が突き刺さっているので思い切って復活させました!
そんな裏事情ありの新生『ラグナロクの覇者』ですが、ストーリーコンセプトや既存の話と大筋は同じなので、どうぞこれからも安心して楽しんでいただけると幸いです。