4.レムリアの宝剣

アルゴノーツ:『レムリアの宝剣』との出会い

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「オレたちが勝ったんだ、オレたち──うぇぇぇ⁉」 「わぁぁぁん! オルヴェぇぇ!」  オルヴェが勝ち鬨の声を上げようとしたその脇腹にアリシアが自分の怪我も顧みずに突っ込んで、オルヴェは鈍い音を立てながら石畳の上に押し倒される! 「このバカ! 本当に死んじゃったかと思ったじゃない‼」 「まっアリシアちゃん! オルヴェくん今鈍い音しましたけど⁉」  戦いが終わり緊張の糸が切れたのか、アリシアは整った顔を涙と鼻水まみれにして子供のようにわんわんと泣きながらオルヴェの胸に顔をうずめている。  アリシアに続きイリス、エドも先ほどのあまりにも恐ろしい光景とオルヴェの姿を思い出しそれぞれ鼻をすすり耳を赤くして涙ぐみだした。 「わだじもっ、オルヴェぐん死んじゃったがど思ったんだよぉぉ‼」 「ちょ! イリスちゃんも落ち着いて……‼」 「ったく……おいオルヴェ、テメェもいつまでも倒れてないで起き──?」  鼻声のヴィーザルが押し倒されなすがままのオルヴェの手首を握ると、オルヴェは脱力しているのか重く──いや〝重すぎる〟。 「オルヴェ、起きろって、なぁ」  ふと、ヴィーザルの脳裏に嫌な予感がよぎってオルヴェの首と手首に指を当てた。 「……どうしたのよヴィーザル」 「脈がない」 「え?」  顔面蒼白のヴィーザルの呟きに、アリシアは恐る恐る自分が抱きしめている相手の顔を伺う。  突然自分に押し倒されて、目を見開き口をあんぐり開けた少し驚いた表情……転んでしばらく経つというのに。  よだれを垂らした半開きの唇、ピクリとも動かない鼻腔、膨らみもせず無音の胸、ぬるい体温。  ヴィーザルでも抱きついたアリシアでも、自分たちの周囲に広がる迷宮群でもない、何も見ていない濁った碧眼。 「アリシア、てめぇまさか……」 「そんな、嫌よ、嘘、嘘嘘嘘……‼」 「オルヴェくん! 頼むから起きて下さいオルヴェくん‼」 「オルヴェくん!」  半狂乱になって動かなくなったオルヴェを揺り動かしていた冒険者たちの耳にふと、聞き慣れない金属音のような声が聞こえた。 「……彼は、生きています」 「⁉ っ誰!」 「ここです」 オルヴェを半分抱えたまま血眼になって謎の声の主を探すアリシアたちは自分たちの下から〝それ〟が聞こえているのに気づき、とある一振りの剣の前で立ち止まった。 「まさか……|この剣《てめぇ》が喋ってるのか?」 「はい」 ……それはオルヴェが東土ノ霊堂で最初に拾った剣だった。 剣は輝きを失った今でも翠の宝玉は水面のようにゆらゆらと光を湛え、蒼い燐光が周囲を照らしている。 「私を彼の身体の上へ設置して下さい、そうすれば彼は目覚めます」 「あなたを置けばオルヴェは生き返るの⁉ そうなの⁉」 「ええ、ですので早く」  アリシアはすぐさま喋る剣を手に取って、力なく横たわるオルヴェの胸にそっと剣を置くとすぐに翠の宝玉が光と音を発し始める。  オルヴェの身体の上で青白い線と光が、そして青白い四角と高速で流れる文字が浮かび上がり、点滅を繰り返し、やがてオルヴェの濁った青い瞳に澄んだ光が戻った。 「ぅん……あれ、みんな?」 「おはようございます、マスター。ご気分は如何でしょうか」 「け、剣が喋ったぁ⁉ ってお前があの時の声⁉」 「はぁ⁉ 一体どういうことだよオルヴェ⁉」  寝起き直後のような反応を返すオルヴェだったが、自分の胸で喋る剣に気づくなり勢いよく跳ね起きて剣にぐっと顔を近づけた。 「……改めて、はじめましてマスター。私は『ベータ』、この島で製造された『万能型対人兵器フェンリル』の初号機です。フェンリルは機体名、ベータは他機と区別するための愛称です。お好きな名称でお呼び下さい」  蒼光を放つ剣……ベータはそこまで一息に言い切ると、オルヴェの返答を待つように宝玉をゆっくりと点滅させる。  口調は丁寧で温和だがアリシアも知らない未知の単語をつらつらと口にする相手にヴィーザルたちは警戒を隠さず武器を構えるが、一方でオルヴェは何かを思い詰めたような暗い表情をしていた。 「……あの時、オレに話しかけてきたのはベータなのか?」 「YES。マスターは私の『取引』に応じ、対価としてマスターは蘇生されました」 「ベータがオレを治してくれたのか……ありがとう」  ……改めてオルヴェは自分の身体を見る。  死ぬ前に捻った足や軽い傷は全て跡形もなく完治しており、軽く見た感じどこもおかしくはない。  ただ唯一オルヴェにある傷といえば先ほど魔物に鎧ごとぶち抜かれ、大穴を開けられた腹の傷だろう。  傷自体はふさがっているが穴のあった場所には痛々しい丸い傷跡が残り、皮が突っ張ったように固くなっていた。 「……やっぱりオレ本当に死んでいたんだな」 「オルヴェくんを生き返らせてくれてありがとうございますベータさん。なんとお礼を言ったらいいのか……‼」 「生き返らせた、厳密には〝今も〟ですが」 「今も?」  ベータの歯切れの悪い答えにヴィーザルが眉間にシワを寄せてすぐ、空中に先ほどと同じような青白い四角が出現する。  謎の線や数値が上下する四角の中には『オルヴェ』の名前が書かれた人体とベータらしき剣が線で繋がっている絵が記されていた。 「……これってオルヴェ?」 「現在、マスターの身体は私によって生命を維持している状態にあります。先ほどのように私を手放すとマスターは元の死体に戻ってしまいますのでご注意を」 「なっ⁉」  無機質で淡々とした声が語る衝撃の事実に、アリシアたちの脳内で先ほど目の当たりにした景色……蝋人形のように濁った目玉の少年が浮かび上がる。  ──ベータを手放すと、オルヴェは死ぬ。  普段はクールなヴィーザルが顔中に玉のような汗を浮かべ、敬虔なエドは嘆くように祈りの言葉を呟き、イリスは絶句したままオルヴェとベータを凝視していた。 「オルヴェくんが、もう死んでる……?」 「マスターと私はある『取引』を行いました」 「取引、ですって……?」 「みんな! これには理由があって……!」 「マスターの望みは瀕死の我が身を救い、皆さんを魔物の手から守り抜く『力』。その願いの対価は──」  青白い光が空中で機織りのように紡がれる神秘的な光景にオルヴェたちがあっけにとられていると、やがて光は半透明な世界樹とレムリア島の姿に形を変える!  未だ司令部も把握していないレムリア島の全貌はまるで大きな一つの大陸を引き裂いて作ったかのような形状をしており、その中央に位置する世界樹は目標地点である麓らしき部分で赤い丸が点滅を繰り返していた。 「──私の使命、それは分断されたレムリア島を渡り世界樹の麓へ赴くこと。これは人類の存亡、世界の未来が懸かった重要なミッションだと教えられています」 「マスター、これが契約の対価です。私を世界樹の麓へ連れて行って下さい」 「「人類の……存亡⁉」」  ──アルゴノーツとオルヴェの命の対価、それは人類と世界の存亡を懸けて前人未到の世界樹の麓へと辿り着く事だった。 「世界樹の麓って……そんな場所、私たち新米じゃあ辿り着けるのかも怪しいのよ⁉」 「私とマスターは同意の上で取引を行いました。……マスターは皆さんと自分の命のために世界と人類の存続を背負うと決めたのです。もしも拒否するのならば私もマスターの生命維持を撤回させて頂きます」  ──それはつまり、世界を救わなければオルヴェの命はないという事だった。 「てっ──てめぇなに抜かしてんだこのクソ鉄がぁ‼」  ベータの回答に普段冷静なヴィーザルは爆発し、血管を浮かせて怒鳴り散らしながらオルヴェの手ごとベータに掴みかかる!  イリスが涙声でヴィーザルにしがみついて必死に止めるがその怒りは治まらない。 「う、うーちゃん、だめっ‼ ベータさん傷つけたら……オルヴェくんが、死んじゃう‼」 「俺らは人質かよ⁉ このクソ剣が‼」 「……こんな、こんな不浄な……そんな契約が……」 「オルヴェ……? これってどういう、どういうことなの?」  エドは顔面蒼白で震えながら胸元の聖印を握り、慟哭のように祈りの言葉を紡いでいる。  そしてアリシアはもう泣きすぎて涙は出てこないのに、顔色が真っ白で口だけが震えていた。 「この話はもうオレもオッケー出してるし! それに別に今はなんともないし大丈……」 「大丈夫なワケないでしょう! 馬鹿なんですか君は⁉」 「今のあなた、私たちを助けるためにゾンビになっちゃったってことじゃない! そんなの、そんなのって‼」 「でも、オレ……」  ……全員助かった。  なのに笑顔の者は一人もおらず、悲痛な表情を浮かべパニックに陥ってしまった仲間たちになんと声をかけたらいいか分からなくなって、オルヴェも俯いて黙り込んでしまう。  そんな中、ベータが冒険者たちを諭すように静かに口を開いた。 「それともう一つ……皆さんがこの旅を拒む理由を一つ減らすために、お話ししておかなければならないことがあります──マスターの身体のことについて」 「オレの、身体?」  冒険者たちは一斉にオルヴェの方に振り向き腹部の青い鎧が割れた身体を見つめる。  ……ベータの力でこの世に押し留められているオルヴェの身体は見た目だけなら生前と同じだ。 「世界樹の麓には、私とこの霊堂を作り上げた古代文明の中枢が存在します。そこには『生命を修復するための装置』が眠っていると教えられています」  ベータの宝玉が一瞬だけ光量を落としてすぐ躊躇するように揺らめく。 「それらがまだ稼働するなら……マスターを元の身体に戻すことも不可能ではありません」 「‼」  ──更にベータは少しだけ言葉を溜め、少年少女たちへ言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。 「私の使命と、マスターの治療の可能性は『同じ場所』にあるのです」 「オレとベータの……」 「……もし、その話をオルヴェが断ったらどうするつもり?」 「残念ですが仕方ありません、別の協力者を探すまでです。ですがここ以外にマスターの身体を元に戻せる可能性は限りなく低いと推測します」  しん、と静まり返る霊堂。  ベータはオルヴェたちの答えを待つように宝玉をゆっくりと明滅させて様子を伺う。 「〝別の協力者〟を探す、ってまた人質かよ……お喋りソードが」 「……いくら世界が懸かっているからってこんなのあんまりですよ」  ……オルヴェの身体を戻す可能性は世界樹の麓にある、そしてベータの目的は世界と人類の存亡の為に世界樹の麓へ行くこと。  肩をすくめているヴィーザルや難しい顔で考えているアリシアが自分と同じ立場に置かれたらきっと憤慨するだろうし、口を手で覆って沈黙するエドや不安げに自分を見上げているイリスなら諦めてしまうかもしれない。 「オレは……」  ……オルヴェの胸の中にも命と仲間を天秤に乗せられている恐怖がないわけじゃない。 (怖い。またあんな目に、今度こそ死ぬ? みんなを置いて……でも、)  それでも、先ほどの戦いで見たベータの強さと能力。  これがあれば少なくとも今回みたいに仲間を守れる。  そしてあの時〝ベータを手に取った〟のはオルヴェ自身、自分だけじゃなく仲間も助けてもらったのに約束を、それも人類と世界が懸かった約束を投げ出すなんて恩知らずにもほどがある。  何よりも──。 「……オレはベータと約束して助けてもらった、だから行くよ。……それにちょっとだけこういうシチュエーションには憧れてたからな!」  ──古の使命を持った伝説の剣に選ばれる。  高い壁も対価を求められる事だって、英雄譚のお約束だと思ってしまえばなんだか楽しくなってくるものだ。  いつものように歯を見せて笑うオルヴェの姿にアリシアたちも覚悟を決めたのか、唇を真一文字に結んだ顔でこくりと首を縦に振ってみせた。 「……分かってるわよ。昔からずっとあなたの考えなんて」 「へへ、そっか」 「最初は世界の存続の危機とか、怖いけど……オルヴェくんを治すためには世界樹の麓に行くしかないんだよね」 「神の御心に背く旅になるかもしれませんが……僕はオルヴェくんを見捨てませんよ」 「ちょっと癪に障るが……それしかないんだろ」 「分かったよ、ベータ……オレたちアルゴノーツがお前を必ず世界樹の麓に連れて行ってやる‼」  ベータを空へと掲げたオルヴェは大声でもう一度約束を口にする。今度は仲間たちも一緒に。 「……ありがとうございます。必ず、世界樹の麓へ連れて行って下さいね」  陽光にかざされたベータは蒼い刃と翠の宝玉を煌めかせながら静かに感謝の言葉を口にした。

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・2026/02/01:第1版