5.碧照ノ樹海

アルゴノーツ:第二迷宮(前編)

インターミッション


 ──レムリア王宮のホールに集められた文官の一人は、延々と続く壇上の研究者の話にあくびをした。  数年前から王国の科学者たちが着手していた『フェンリル』計画に進展があり、その発表の為に王国中の文官や軍人が集められたのだが……新技術がどうとか、環境がどうとか、自分とは関わりのない話ばかりで正直退屈で仕方がない。  だが、配布されたプログラム表によれば次の出し物で最後なので涙目を擦ってホールの中央ステージに目を向けた。 「それではご紹介しましょう──レムリア王国の技術の粋を集めた対人型万能兵器『フェンリル』です!」  計画の責任者である緑髪の科学者が高らかに宣言すると同時に赤いカーテンが上がり、一人の青年が現れた。  天井から吊るされたモニターに映る、背が高く体格の良い彼の手には翠の丸い宝玉がある。 「見えるでしょうか? 今、彼が持っている翠色の宝玉。これが『フェンリル』の本体《コア》です。非常に頑強、かつ軽量でどんな方でも使用可能です」  スポットライトに照られ宝石のように輝く宝玉自体は美しいものの、金銭的な価値は全く感じられず「それのどこが〝素晴らしい〟のだろう」と文官は鼻で笑う。  ……そんな会場の空気を読んだのか科学者は不意に口角をにぃっと上げた。 「この力の真髄は我々の用意した資料では分かりづらいかもしれません……ですので、皆さまにも今一度フェンリルの力をご覧入れましょう」  そう言って科学者は舞台袖に移動し、スポットライトが舞台中央の青年に集中する。  蒼い瞳の青年が数歩前へ歩み出ると、突然宝玉を空へ放り投げ──次の瞬間、宝玉から青白いエネルギーが水のようにほとばしる!  液体状のエネルギー体は宝玉を中心に弧を描き、青く輝く刃と金の翼の意匠が施された一振りの剣へと変形した!  刃と柄が回転しながら落ちてくる剣を青年は難なく掴み取り、会場から歓声が上がる。 「──今ご覧に入れたのが『フェンリル』の最大の特徴であるユグドラシル・エネルギーを使用した『変形』です」  ホールに響く科学者の解説をバックに、青年の持つ剣は更に変形を繰り返す。  剣は槍へ、槍は鎌へ、鎌は銃へ、銃は杖へ……。  青いガラスとよく似た見た目を基調とした武器が光り輝きながら舞う姿は観客の目を掴んで離さず、まるでダンスを踊っているかのような派手なパフォーマンスにあちこちから拍手が起こる。 「この『変形』は武器だけではなく様々な道具への変形も可能です。例えば調理器具、医療器具、連絡器具。どれも持ち主が使いやすいよう最適にカスタマイズされた状態で出力されます」  科学者の言葉通り、青年が宝玉を再度転がすと宝玉は丸いサッカーボールへと変形した。  青年がリフティングを開始するとサッカーボールは野球ボールへ、野球ボールはテニスボールへとまばたきすら許されない速度で宝玉は変形を繰り返す。  青白い皿をまるでトランプカードをシャッフルするように操り、その一つ一つが銀色に光るメスと化し、青年が両手で包み思いきり潰すと観客が悲鳴を上げる!  ……だが開いた手のひらは無傷であり、中央には翠の宝玉がころんと転がっていた。 「このように安全装置も搭載済み。さぁ、続いては──おっと!」  その時、舞台袖から突如として武装集団がなだれ込んで来た!  驚きと恐怖からか会場が海鳴りのようなどよめきに包まれるが、科学者は「予想通り」といわんばかりに青年に目配せした。  彼女の合図と共に青年は宝玉を剣へと変形させて戦士たちを迎え撃つ!  綺羅びやかな剣は見た目だけではなくその性能も高く、青い線を描きながら剣先が相手の胴を切り裂き、鋭い槍をムチのようにしならせて数人の相手を薙ぎ払い、更には宝玉を巨大な大砲へと変形させて大立ち回りを繰り広げる!  最後の乱入者を刀で仕留め、青年が刀を翻すとエネルギー体が粒子となって空へ消え、残るのは翠の宝玉のみ。  華麗なる殺陣に会場中から拍手が響き渡るが、突然ステージに倒れる武装集団の一人が青白い液体に──『ユグドラシル』に変化する!  一体今度は何が起きているのか、と身を乗り出してステージやモニターを見つめる観客たちの前で青年はいたずらっぽい笑みを浮かべて人差し指を立てる。  そして彼は宝玉をまるでブドウでも食べるようにつまむと──宝玉を飲み込んだ!  あっという間に喉仏が上下し、青年の体は生物の色からユグドラシルの色へと変わり、水しぶきを上げながら〝元の姿〟へと戻る。  そのまま乱入者たちがユグドラシルと混ざり合い、天井に届きそうなほど大きな渦を形成し──壇上に残されたのは金色の細い台座の上に鎮座した〝蒼翠の宝玉〟だった。 「さて──これが、万能型対人兵器『フェンリル』の力です。いかがだったでしょうか?」  音楽が止まると同時に会場だけでなく、中継中のテレビの前からもはち切れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

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更新履歴

・2026/02/01:第1版

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