12.密林の王

アルゴノーツ:タイトル

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「見て! これ獣王のだよ!」  言葉を口にするよりも早くイリスは茂みに落ちていた真紅の毛束を指差してみせる。  まだ持ち主から抜けて間もないそれをオルヴェは拾い上げ、点々と森の奥へ続く黒く濁ったシミに鼻の穴を膨らませた。 「99・9%『獣王ベルゼルケル』の成分と一致、比例して生命反応も近づいています。マスター』 「じゃあやっぱり近くにいるのか、アリシアの占い通りだぜ!」 「うん! 行こっ!」 「ちょっと! 勝手に走るんじゃないわよもう!」  深層に進むにつれて増える赤い獣王の毛束や鋭い爪に引き裂かれた樹木の幹。  痕跡を見つける度にオルヴェとイリスの走る速度が上がり、後ろからアリシアたちが少し早足で追いかけていた。 「若いって良いわね、ふぁぁ……」 「まぁ、オルヴェくんはせっかちなだけですから」  呟くエドにウィラフは首をうんうんと緩く振りながら未開の森を歩く赤いマントを見上げる。  ……オルヴェが一週間ぶりに仲間たちと『再会』したのも数時間前、日が昇ってすぐアルゴノーツは占星術によって導き出された獣王ベルゼルケルの所在を確かめるべく朝露残る碧照ノ樹海へ足を踏み入れた。  様子を見て帰るだけの簡単な調査、されど前人未踏の区域。  早朝の樹海は平和な浅層と何ら変わりないが、奥から漂う纏わりつくような殺気にオルヴェは無意識の内に流れる汗を拭った。 「お前ら遅いぞ! 早くしないと逃げちゃうかもしれないだろ──うげっ!」 「バカ! そう簡単にボスが逃げるかぁ‼」 「オルヴェくーん⁉」  誘導棒か、はたまた木の枝か、右手に掲げたベータをぶんぶん振り回していたオルヴェの顔面めがけて分厚い占星術の本が回転しながらめり込む! 「いてぇ……!」 「全く……ほらここ! さっきの分かれ道ちゃんと描いてないじゃない! 地図が間違ってたら意味ないでしょ!」 「まぁ、そうだけどいくらなんでも本は投げるなよ! 怪我しただろ!」 「スキャンの結果、マスターの身体に負傷は見受けられません。無駄に頑丈ですね」 「無駄ってなんだよベータ⁉ 冒険者は身体が資本なのに!」 「真面目に聞け‼」  ベータに話を振って面倒な説教を回避しよう、なんて浅い考えは全てお見通しだといわんばかりにアリシアの怒号が響き、オルヴェが顔を上げれば呆れたヴィーザルや先に進んでいたイリスも続々と側に歩み寄って来た。 「俺らはチンタラ歩いてるんじゃなくて周りをチェックしながら歩いてるんだよ」 「うぐ……」 「まあまあ……目的地までもうすぐですし、焦らずのんびり行きましょう?」 「最も、俺たちはどこかのアホみたいにむやみやたらに茂みへ飛び込むバカな真似はしないんでな」 「ヴィーザルお前なぁ……!」 「二人ともエドくんを困らせちゃダメだよ〜!」 「こらっ」と叱りつけるエドやニコニコ笑うイリスもお構い無しのヴィーザルをじろりと睨み返しつつ、オルヴェは膝についた草を払った。  ……そういうなら、今度は嫌になるくらいゆっくり歩いてやろうじゃないか。  オルヴェがむくれ顔のまま立ち上がったその時、森の奥からいきなり地鳴りと間違うほどの絶叫が響き渡る! 「うわっ⁉」 「きゃっ! 何⁉」  姿は見えないのに身がすくむほどの迫力、木々の中から無数の鳥が礫のように飛び立つほどの獣の咆哮にアルゴノーツはおろか、熟練冒険者のウィラフですらたたらを踏む! 「みんな大丈夫⁉」 「この声、まさか獣王ベルゼルケル──‼」  エドはすぐさま盾を構えて仲間たちの方を振り返り、腰に下げた赤の長剣を抜き臨戦態勢になるウィラフだったがその後も二、三度に渡り耳が破裂するような爆音が響く。  ……獣王ベルゼルケルがこちらに気づいたのか。  言葉にせずとも最悪の想像が頭の中をよぎり、全員が武器を構え殺気を纏う。  そんな危機的状況の中でふとオルヴェの険しい眉間が緩み、青い目をゆっくりと見開く。 「……さっきの咆哮、なんていうかおかしくなかったか?」 「マスター〝おかしい〟とは?」  人間を遥かに凌駕する強烈な叫び声、音波攻撃にも等しい獣王ベルゼルケルの絶叫。  だが、その叫びには聞き流す事のできないほど強烈な違和感があった。 「前聞いた時は〝こんなビビった声〟じゃなかった……!」  以前にも獣王ベルゼルケルの咆哮を聞いたが、今のを例えるなら天に助けを求める必死の叫び、あるいは断末魔のような悲鳴。  ──オルヴェたち五人がかりでも苦戦した魔獣は、一体『何』に怯えている? 「気のせいじゃないのか──ちょ、オルヴェ⁉」 「オルヴェ! 待って!」  そのままオルヴェはアリシアとヴィーザルの制止の声を振り切り一直線に駆け出した!  オリバーやマルコ、数々の冒険者を食い物にしてきた相手に慈悲や哀れみの気持ちはない。  だが、あの悲痛な叫びを聞いてしまったらもう、オルヴェは着火した花火のように走り出すしかなかった。 「マスター! この生命反応は〝獣王ベルゼルケルのものではありません!〟」 「なっ⁉」  突然目の前に表示されたベータのスクリーンに一瞬転びかけるが、オルヴェは即座に踏み込み速度を緩めて立ち止まる。 「以前のデータと比較した結果、現在探知した生命反応とあまりにも差が大きすぎます!」 「あの時のは手負いだったし、今見たのが本来のパワーじゃないのか⁉ 森の破壊者が一か所に集まっているとか!」 「私のレーダーはこの時代のものよりも遥かに高性能です。同種別個と仮定してもあまりにも極端です」 「それってどういう──」  ベータの意見に思考を巡らせる間もなく、また聞こえてきた大地を揺らす断末魔が響いた次の瞬間、オルヴェたちの前にあった最奥の扉が轟音を立てて破壊される! 「急に走り出して一体何の……うっ!」  直後に背後から息を切らしながらアリシアたちが駆け寄ってくるがすぐに顔を青ざめさせ口を覆った。 「アリシア! ベータ!」 「被害はゼロ、ですが……」  壊れた扉の向こうから土煙と鼻が曲がりそうな、獣と鮮度の悪い血を煮詰めたような悪臭が溢れ出しオルヴェも思わず吐き気を催す。  扉の先に広がっていたのは大きな広間のあちこちに倒れ込んだ無数の森の破壊者の死体、そして血濡れの状態で膝をついた獣王ベルゼルケルであった。 「獣王……ベルゼルケル!」 「……‼」  オルヴェの声が聞こえたのか獣王は身体をふらつかせながら広間に侵入した少年を睨みつけ、忌々し気に低く大きく唸る。  ……だがその身体は新米冒険者たちが一目見て分かるほど壊れていた。  既に再起不能を迎えているであろう獣王は二本の足で血濡れた大地を踏みしめ、星型の傷のある額に血管を浮かび上がらせる。  しかして、その気迫は間違いなく碧照ノ樹海を統べる王の風格であり、家臣の死体の山を前にしてもなお冒険者たちを身震いさせる覇気を放っていた。  ──もう、長くない。  それを一番理解している相手が自分たちのような『侵略者』をみすみす逃がすわけがない。 「……どうやら逃がしてくれる気はハナからないみたいだな」 「注意して、獣は手負いが一番危険よ」 「レーダーに映る生命力も依然として強いままです」  ウィラフとベータの鋭い指摘にすぐさまヴィーザルが二本の鈍い銀色の歪な剣を抜き、アリシアも赤い星術器にまばゆく煌めくエーテルを集積し始める。  他の仲間たちも次々に臨戦態勢を取り、オルヴェも同じようにベータの蒼光りする刃を正面に向け眼前の王を視界の中央に捉える。 「獣王ベルゼルケル──この前の決着をつけるぞ!」 「──‼」  自身の額に傷を付けた剣に見覚えがあるのか獣王ベルゼルケルも潰れた眼にギラリと光を宿す! そして新緑の樹海で赤き獣の王と若き冒険者たちがぶつかり合うはず──だった。  肌を冷たく撫ぜる『それ』を誰よりも早く感じ取れたのは数々の死線を潜り抜けてきた経験からか、はたまた幼少期から竜殺しとして鍛錬を積んでいたからなのか。 「みんな危ないっ‼」  ──自分の行動を顧みるよりも疾《はや》く、ウィラフはオルヴェたちを横へ突き飛ばした。

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・2026/02/01:第1版