11.星の導き

アルゴノーツ:タイトル

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「……ねぇヴィヴィアン、オルヴェは?」 「寝てるよ〜」 「またぁ⁉」  その日、麗しい少女の怒号が冒険者たちも大半出かけ、静かな午前が過ぎる湖の貴婦人亭を震わせた。  まだ若い占星術師の少女──アリシアは怒り半分呆れ半分に声を荒げたが、大声に驚き逃走を図ろうとする愛猫を捕獲したヴィヴィアンの姿にハッと我に返る。 「ウャウャ……」 「ちょっとー、猫は耳が良いんだから大声はやめろよなー」 「あっマーリンさんごめんね……それで、オルヴェのことだけど流石にずっと寝てるわけじゃないでしょ?」 「うん。夜中とか早朝とか起きてるみたいだけど~なんかすぐどこか行っちゃうんだよねぇ」 「どこか……ってオルヴェ外出してるの⁉」 「多分」  ヴィヴィアンの真面目にやっているのか分からない受け答えにアリシアはうんざりした様子で片眉を吊り上げながら頭を振る。  一応、彼女の話によればオルヴェが夜中に起きているのをたまに目撃するが、話しかける暇もないまま宿から飛び出して帰ってくるのはアリシアたちが留守のときや眠っている時ばかり。  ……朝ならオルヴェが起きているかもしれないと踏んで、早めに探索を切り上げて戻って来たのだがどうやら失敗だったようだ。 「あいつに会えないからってガキと猫に当たるなよ」 「うるさいヴィーザル、人数足りなくて困ってるのは事実なんだから仕方ないでしょ」 「いてっ」  仲間たちの待つテーブルに戻ったアリシアは余計な事を言ってくるヴィーザルの頭を拳で小突くが、整った顔には深い眉間のシワと隠しきれない焦燥が刻まれていた。  目立ちたがり屋で仲間思いなオルヴェらしくない人目を避けるような行動に安穩なエドもため息をつき、パーティの妹分であるイリスは不安そうに橙色の瞳を俯かせていた。 「やっぱりおかしいよね、もう一週間だよ」 「一日二日くらいなら分からなくもないけど流石に、ね」 「この忙しい時にグースカ眠りやがって……」 「ちょっとヴィーザルくん!」 「唯一見てるっぽい目撃者のヴィヴィアンも詳細不明、ベータには聞けない、さぁどうする参謀殿?」  わざとらしいくらいのため息を吐きながら悪態をつくヴィーザルの気持ちも、彼を窘めるエドの考えも分からなくはない。  ……碧照ノ樹海で獣王ベルゼルケルを撃破したあの日から一週間。  空席になった支配者の座を巡る争いかそれとも住処を侵略する冒険者たちへの復讐心か、今現在の碧照ノ樹海は凶暴化した熊の魔物が跋扈しており、これまで以上に死傷者が出ているのだ。  欠員の出たアルゴノーツは、協力してくれる冒険者のお陰で何とかやっているのだが、最近では森の破壊者よりも更に強力な熊の目撃情報やマギニアの街外れに野生の狼が現れる始末だ。  獣王ベルゼルケルを撃破したギルドとして他の冒険者や司令部の期待に応える為にもまずは全員揃う必要がある、アリシアはそう考えているのだが頭痛の種が増えるばかり。  両指を組んで難しい顔をしていたアリシアはやがてソファから勢いをつけて立ち上がる。  ……少女の双眸が指し示すのは宿の二階への階段だった。 「仕方ないわね、オルヴェの部屋に行くわ」 「えっ」  迷いのない足取りで階段へと歩み寄るアリシアをエドとヴィーザルは両サイドから腕を掴んで引き留めた! 「なっ! なによ⁉」 「出かける前見た時は完全に寝てたぞオルヴェの奴」 「今も寝てると思いますよ⁉」  ……緊急事態とはいえ歳の近い異性に許可なく部屋を見られるのは流石にオルヴェがいたたまれない。  二人は顔を引きつらせながら止めようとしたが残念ながらアリシアにその熱意や同情なんて甘っちょろい考えは通じないらしい。  即座にヴィーザルのみぞおちに鋭い肘がねじ込み拘束が緩んだ隙に彼女はするりとコートを翻しながら抜け出した。 「ちょっと調べるだけなら五分以内で済む。ベッドの下覗こうとかタンス漁ろうって訳じゃないんだから」 「待ってよアリシアちゃん! おいてかないで~!」  無慈悲な宣言を口にしながら階段を上るアリシアを慌てて追いかけるイリス。  ……もはやエドたちがオルヴェにしてやれる事は彼女たちよりも早く何かしらの証拠を見つけるしか残されていなかった。 「ちょっと良心が痛みますね」 「……オルヴェ、骨は拾ってやるからな」  湖の貴婦人亭は全三階建ての冒険者向けの宿泊施設だ。  一階はヴィヴィアンたち管理人家族の家や食堂が、二階からは冒険者用の部屋が並んでいる。  ずんずんと勇ましい足取りで廊下を進んでいたアリシアはある一部屋の前で立ち止まると丸いドアノブを静かに、静かに捻る。  相変わらず物が散乱している部屋は淡い空色のカーテン越しの日光で水底のようにも見えた。  床に直置きされた鞄、椅子の背もたれにかけられた羽織、机の半分を占領する小石や木の枝――アリシアの自室と比べあまりの散らかりっぷりに頭が痛くなってくる。  ……そして一番奥のベッドの上にあるシーツの塊からは規則的な寝息が聞こえてきた。 「ほらな、寝てるって言っただろ」 「なら好都合ね、起こすのも可哀想だしさっさと調べるわよ」 「えっ、入るんですか」 「当たり前でしょ? このくらいじゃ調べた内に入らないわ」  もういいだろ、と言いたげな男子二名の静止も虚しくアリシアは躊躇する事なく部屋に足を踏み入れる。  そのまままっすぐベッドへ向かい一定のリズムで膨らんでは縮むシーツを白い指で捲ると、アリシアの前に少し日に焼けた幼い寝顔が晒された。 「……」 (……寝てる)  アリシアたちが知るオルヴェは動き回っていないと死んでしまうのかと思うほど騒がしい、シーツも枕も蹴り飛ばすものだといわんばかりに寝相も悪い。  そんな少年が今は身体の半分ほどある剣を抱きしめ、まるで胎児のように無防備に背を丸めベッドに身を預けていたのだ。  アリシアが頬を突いてやると薄く開いた口から嫌がるように喃語をこぼしながら眉間にシワを寄せる……この表情は少し癖になりそうだ。 「……なんていうか、オルヴェにしては寝相が大人しいわね」 「ふーん、やっぱ専門家から見たら違うのか」 「はぁ⁉」 「あ、二人とも静かに……!」  ニヤニヤと半笑いで茶化すヴィーザルに即座に噛みついたアリシアを宥めつつ、エドたち四人は改めて少年の部屋を物色し始めた。  サイドテーブルの上にはアンクレットやイヤリングが無造作に転がされ、丈夫な衣類やきらりと輝く青の防具もハンガーや椅子やらいつもと変わらない位置にかけてある。  子供の頃から変わらず物が多いが、怪しげな品やオルヴェらしくない物品があるとか違和感は何一つとして見当たらない。 「もうオルヴェくんが大人しく寝ているくらいしか変なところがないですね」 「よね……あら、イリス?」  そろそろ部屋を出ようかとイリスに声をかけると彼女は壁にかけられた赤色のマントをまるで魅入られたようにじっと眺めていた。 「何かあったのか」 「いやぁ、これって……」  そう言いながらイリスは壁にかけられた赤いマントに付いていた『それ』に上半身ごと手を伸ばすと、三人の目の前に差し出した。  ──『それ』は緑色をした細長く平たい葉っぱだった。 「……葉っぱ、ね」 「で、この葉っぱがどうかしたのかよ」 「街に生えているものと変わらないような気もしますけど……なにか分かったんですか?」  まだ枝から落ちて日が浅いのか表面は滑らかで鮮やかな緑色が目を引くが、だからどうしたという風にヴィーザルは鼻を鳴らしながら肩をすくめる。  訳が分からないと言いたげなヴィーザルたちにイリスはうぅんと頭を捻りながら言葉を発した。 「えっと、オルヴェくんはマギニアに戻ってから一回も樹海に行ってないよね?」 「ええ、そうだけど?」 「エドくんとヴィーザルくんも宿に入る時は服を払ってからだよね?」 「うん、だけどそれが──」  イリスの言葉に首を傾げていたエドだったが直後、灰色の垂れ目を大きく見開いて「あっ」と声を上げた。 「じゃあオルヴェくんは〝一人で勝手に樹海に出かけてる〟ってことですか⁉」 「なっ⁉ でも流石に何も言わずになんて──!」 「……ぅぅん」 「‼」  直後シーツの中から不快そうなうめき声が響き渡り、アリシアたちは驚いた猫のように団子になりながら階段を駆け下りたのだった。

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更新履歴

・2026/02/01:第1版