2.探索記録:東土ノ霊堂

ミズガルズ実働隊:第一迷宮

1


「っはぁ……はぁ……はぁ」  どれだけ走っただろうか。  魔物の体当たりをモロに受けた挙句、長時間の全力疾走で丸太のように重くなった足を必死で前に動かしていた新入りの背後から魔物の断末魔が響く。  やっと立ち止まった新入りは肩で大きく息をすると、その場に膝をついて全身から流れる汗を拭い取った。  ついさっき倒れた魔物はどくどくと温かな体液を垂れ流し、草に覆われた石畳を朱く染め上げている。 「お前逃げすぎ、少しは方向を考えろ」 「! ……はぁ……ぁ」  魔物を狙撃したキッドは陽動を頼んだ新入りに近づくと役に立たない新米への不満を吐き捨てる。  何だと──と、新入りの腹の中に怒りが溜まっていくが脳と肺が必死になって酸素を取り込むのだから、反論どころか面を上げて生意気な青年を睨みつける事すらできなかった。 「キッドよ、あまり新米を甚振るでない。此奴もじき己の役目に慣れる」 「あっそ」 「……っ」  その様子を見ていたのかバーバ・ヤーガは冷淡な青年の態度に呆れたような、それでいて見守るような目で肩を竦め、未だ力の抜けない新入りの汗ばんだ背中をそっと擦って寄り添う。  窘《なだ》められて興味をなくしたのか、キッドはつまらなさそうに首を振ると近くの石柱に背中を預け黙ってしまった。  ……そんな二人の態度に無性に腹が立って、新入りはバーバ・ヤーガの手を払いのけると剣を杖代わりに逃げるように二人から距離を取った。  ……新入りの配属先であるミズガルズ図書館の影の部隊『ミズガルズ実働隊』。  花形である調査隊があらゆる知識を収集し人の役に立てるのだとしたら、実働隊はあらゆる知識を簒奪し道を阻む〝障害〟を文字通り排除する。  彼らの戦闘はこれまで新入りが見て習ってきた訓練と一線を画していた。  抜刀した忍刀は瞬く間に朱に染まり、絶え間ない発砲は確実に魔物の急所を貫いて痙攣一つ起こさせない。  呪術師の少女が言葉を唱えれば、魔物の身体を即座に災厄が襲う。  バッディとは一度刃を交えた事はあるが、彼からすれば新入りとの『戦い』など遊びに過ぎなかった。  新入りが受けた短剣と魔物に突き刺さる短剣の速さは見て分かるほど違う。  お得意の『ハイドクローク』も以前のように避けた直後にサーカスみたいにひらりと宙を舞うなんて無駄はしない。  代わり外套を脱ぎ捨てたその一重の隙に魔物の身体をバラバラに切り裂く。  ──殺すための戦い方。  守ったり倒したり、そういう理性や人としての尊厳といった枷を引きちぎった、どこまでも無慈悲で残酷で最大限に効率的な戦場。  新入りが剣の柄を握りしめて魔物一匹に手こずってる間にも彼らは相手の肉を裂き血の海を作り出す。  特段秀でたところも、希少な才能も無い新入りにできる事といえば魔物の陽動と少しだけ丈夫な自らの身体で仲間の盾になる事だった。  ……つまるところ、鍛えた剣も覚えた知識も何も必要なかった。 「どうだ新入り? 樹海の洗礼は」 「……話しかけてくるな」  片手をひらひら振ってでかい図体で影を作ってきたサヴァ・カーンを新入りは鬱陶しいから消えろと言わんばかりに睨みつける。  相変わらず反抗的な新入りの態度にサヴァ・カーンはからからと豪快に笑って隣に腰掛けた。 「まぁそう言わずに。キッドのヤツが何か言ったのか? アイツも口悪いからな〜」 「お前には関係ないだろ」 「あるんだこれが、だって俺は隊長だからな。隊員の仲を取り持つのも俺の役目だ」 「あ! サバカン新入りちゃん独り占めとかずる〜〜!」  耳元で妙に明るい声が響いて、反射的に新入りは顔を上げる。  見慣れた緑髪と赤い目だけが爛々と輝く青年を見るなり新入りの顔が分かりやすく嫌悪に歪む。  乱入してきたバッディはそんな新入りの眉をひそめた表情とは対照的にニコニコ笑いながらサヴァ・カーンと二人で新入りを挟むように座り込んで肘をついた。 「新入りちゃんこんなツライ任務もうイヤでしょ? オレちゃんと一緒にイイコトしない?」 「うるさい離れろ変態!」  自然な動作で肩に腕を回され、乳香の香りに交じってふわりと鼻腔が嗅ぎ取る鉄の匂いに鳥肌が立つ。  新入りはバッディのみぞおちに肘を入れると悶える青年を突き飛ばして立ち上がる。  殴られたバッディ本人も痛みよりも驚きの方が大きかったらしくポカンと口を開いて固まり、そのマヌケな面構えにサヴァ・カーンは手を叩いて笑い転げていた。 「も〜新入りちゃんったらお年頃〜☆ サバカンも何か言ってちょーだい?」 「お前一緒に寝た奴にすぐ手が出るだろ、新入りもこの変態には気をつけろよ?」 「変態じゃないし! 無償の愛! さすがのオレちゃんも神サマをバカにしたら怒っちゃうよ?」  新入りは自分を置いて騒ぐ二人を忌々しげに一瞥すると、すぐ一人で遺跡の先へと進みだした。  ──一瞬だってこんな変人たちと一緒にいたくない。 (……こいつらも教授たちと同じだ、自分の話なんか一言も聞いてくれないくせに口だけは友人気取り)  少し前、レムリア島に上陸したミズガルズ実働隊は植物と未知の石材で作られた遺跡『東土ノ霊堂』を発見し──それをマギニア側にも報告した。  下手に素人に〝発見〟されるよりも、いっその事自分たちが発見したと言えば調査に対する干渉も予想できる、その方がむしろ楽だというのがリーダーのサヴァ・カーンが出した結論だった。  その際、新入りは司令部にミズガルズの者だと伝えれば支援があるかもしれないと提案した。  ……もしかすると自分たちを『調査隊』と思ってくれるかもしれない、という淡い期待を込めて。 「残念だが今回ミズガルズは許可を取ってないからな。つまるところ秘密の任務だって訳だ」 「お前バカか? マギニアの目的は〝秘宝の入手〟、下手にミズガルズだって名乗ったら宝を没収されるかもって船を追い出されるぞ」 「ミズガルズが大手を振って潜入できない場所に行くのがオレちゃんたちのお仕事だからねー☆ 今のオレちゃんたちはただの一般冒険者なんだよねー☆」 「道化のような名の方があちらも勘ぐる気が失せる。ほれ、池のヌシ釣り名人かヤギ追いの勇者か選べ」 (……最初から分かってただろ。私みたいな新参者の意見をアイツらが聞くとでも思ったのか?)  結局、新入りたちはどこにでもいる普通の冒険者ギルド……大義も正義も無い烏合の衆として認識された。  しかも司令部のペルセフォネ姫ですら池のヌシ釣り名人やヤギ追いの勇者といったふざけた名前に怒るどころか、嬉々として話に乗ってくる始末だ!  こっちはただでさえ入りたくなかった実働隊に入った挙句、嫌と言うほど分かる実力差に辟易しているというのに! (なにが王族だ、なにがミズガルズの名に懸けてだ!)  服のミズガルズの紋章のワッペンを確かめるように握りしめ、脳裏でペルセフォネや実働隊に掴みかかる光景を夢想しながら新入りは黙々と歩き続ける。  胸の内に渦巻く感情に全身の傷が呼応するように痛んで、木漏れ日の注ぐ静かで穏やかな翠の樹海も未知の遺跡を発見した喜びすら霞むほどに、何もかも憎らしくてたまらなかった。

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6

更新履歴

・2026/05/09:第3版 ・2024/12/03:(旧)第2版、CSSの更新 ・2024/08/13:(旧)第1版