進め新米冒険者 ~ side B

アルゴノーツ:第二迷宮『碧照ノ樹海』 ~ side B

1



……碧照ノ樹海から少し離れたシアバターとリンゴの木が立ち並ぶ緑翠色の果樹林。

マンドレイクも眠る丑三つ時だというのにその果樹林では二人の男が剣を構え秘密の修行に励んでいた。

「まずお前にはヒーローの基礎中の基礎『残影』について伝授してやろう」

「おう!」

胸を張って返事をするまだ初々しい少年──オルヴェは蒼い瞳を興味津々にまん丸にして、男の一挙手一投足にじいっと見入っていた。

その男……ディオスクロイは腰から抜いた赤い剣を軽く振ると、その隣に青白く光を放つ残影が即座に現れる。

蜃気楼や幻影のようでありながら質量を持ったもう一人のディオスクロイにほぅ、へぇ、とまとわりついていたオルヴェだったが不意に本物のディオスクロイの方に赤いマントの首根っこをぐっと掴まれて引き離された。

「ここで質問だが、残影は何で出来ていると思う?」

「うーん……気合、とか?」

「概ねそんな感じだ」

「おっしゃ当たったぁ!──いてっ」

オルヴェが仏頂面な男の褒め言葉に腕を掲げて喜んだ直後、即座に脳天めがけて藍色の甲冑で覆われた拳が直撃し潰れたカエルのように呻いてうずくまる。

「調子に乗るな、これは基本中の基本だぞ。そしてこの残影だが、発生させるには強い精神力や感情が必要になる」

「おう……」

同時に習熟していれば自在に消すことも可能だ、とディオスクロイが手品師のように指を鳴らすと残影はまるで煙のように消え去る。

「なんか……意識して出すのは難しそうだな」

「だが、レムリアの宝剣があれば適正に満たなくとも残影を出すことが可能になる……先日のお前のようにな」

そう言われ、オルヴェは右手に握っていたレムリアの宝剣──ベータを目の前で掲げ見る。

……よくよく思い返してみればオルヴェが残影を出せたのはベータを握っている時、それも周りの音が聞こえなくなるくらい集中している時のみ。

ベータ以外でも残影を出そうと木刀や仲間から借りた武器を何度か振るってみたのだが結局何も出やしなかったのだが……まさかそういう原理だったとは。


「ディオスクロイっ!オレにも残影の出し方を教えてくれないか!」

「さんを付けろ」

「オレも残影さん出したいです!ディオスクロイ!」

オルヴェはマントが裏返るほどの勢いで頭を下ろし、深呼吸の空気を全部大声に変えてディオスクロイに詰め寄る!

その猛烈な勢いに流石のディオスクロイもたじろいだのか、しばらく僅かに開いたへの字口のまま少年を見下ろしていた。

「そもそも、レムリアの宝剣に念じれば基本誰でも残影を出せるものなのだが」

「マジで!?」

「まさかとは思うが……お前は自分の意志で残影を出したことがないのか?」

「いやぁ、ベータの機嫌が良くないと出ないのかなって!」

「……」

当初の警戒もすでに薄れてきたのかえへへとはにかみ気味に笑いながらぐいぐいと迫る、まるで懐っこい子犬のように迫ってくるオルヴェを躱しつつディオスクロイは痛む頭を押さえながら頭を掻いた。

……ここまで警戒心がないくせによく樹海で生きていけたな。


「まあいい、あの木が見えるな?アレめがけてレムリアの宝剣を振れ」

ディオスクロイが指差した先にはオルヴェよりも少し背の高い若木がすくすくと育っており、少し太めの幹は試し切りの人形の代用にピッタリだった。

「全身の神経を尖らせ、剣に全感覚を集中させ、斬撃がそのまま波になって飛んでいくイメージをしろ」

「はいっ!!」

「……一応、レムリアの宝剣に残影を出すよう命じておけよ」

「お、おう!」

後は実際にやってみろ、と離れていく男の姿を背にオルヴェは腹から息を絞り出すと身体の力を軽く抜いて瞼を閉じる。

……柄を握る両手、真っすぐ伸ばした両腕、腕全体にかかる剣の重さ、少し強張った肩、肌を撫でる風、草の音、土の匂い、森のごうごう声。

視覚以外の全ての感覚で受信した物が頭の中へ無造作に捉に突っ込まれ、それらを片っ端から無視しながらオルヴェは剣の柄を握る指に力を入れた。


(ベータ、頼む……協力してくれ……!)

胸の中で何度も呼びかけ、柄を握る指先に力を込めていると不意に血液とは違う熱いものが腕を通してオルヴェの体の中心へと流れ込んできた。


「──!!」

刹那、瞼をこじ開けたオルヴェはベータから流れてくる力のまま渾身の一撃を目標めがけて放った!!

同時に蒼い刃の宝玉が脈動するように光を放ち、瞬きも呼吸も止めながら放たれた斬撃は蒼い刃の光となり裂帛の雄叫びを上げるもう一人の少年へと姿を変え稲妻のような蒼い閃光が若木の胴を何度か走る。


そのコンマ一秒後、幹がみしりと低い音を立てたかと思った直後若木は木片と葉を周囲に飛び散らしながらバラバラに切り刻まれた。


「──で、出たぁぁっ!!」

……飛び散った木片と枝を浴びながらオルヴェは大口を開けて歓喜の声を上げた。


「やった!やったぁ!!見てくれよディオスクロイ!ベータ!オレだってやれば出来るんだぜ!?ほら!」

「そうだな」

歓喜に飛び上がるオルヴェの目の前には霊堂の時と同じ『蒼いオルヴェ』が陽炎のように揺れていた。

だが迷宮の時のような勝手に出現した残影とは違い、その表情はオルヴェらしい自信に満ちたものでまるで次の得物はどこだと問いかけるように蒼い瞳が煌めいている。


「さぁて!次は何を切ってやろうか、あのデカい木か?それともさっきの鹿にしてやろうか!!ふはは!」

「あまり騒ぐな、払っているとはいえ魔物が来るぞ」

「いや〜でもさぁ!こんなにうまく行くなんて……!」

達成感を体いっぱいに表現して満面の笑みを浮かべたままその場で跳ね回るオルヴェとは対象的にディオスクロイは出現した濃度の高い残影を無言で眺めていた。

──レムリアの宝剣があれば素人でもここまでの濃度になるのか。

「……とにかく、最終目標はレムリアの宝剣無しで自在に残影を出せるようになることだ。まずは残影を出すことに慣れ──」

考えるのは後だ。

ディオスクロイは頭を振って思考を一旦打ち切り、目の前の少年の肩を叩こうとした──がその手は空を切った。

「……なんだ、残影か」

肩を叩こうとした相手はオルヴェの残影でありその奥にも、そのまた奥にも同じような残影が現れておりディオスクロイは眉間にしわを寄せた。

……よく見ればそこら辺で嬉しそうに飛び跳ねているオルヴェも、剣を振り回して喜ぶ少オルヴェも、ディオスクロイにグイグイと寄ってきてどうだ凄いだろうとはしゃぐオルヴェも全て残影だった。


「!?っおい!何をした!」

「え!?別に何も!何かいっぱい出せるようになったんだ!」

残影の群れをかき分けながらディオスクロイが叫ぶと嬉しそうなオルヴェの声が遠くの方から聞こえ、ディオスクロイは即座に少年を視界に捉え何をしているのかと睨みつけた!

『本体』のオルヴェもディオスクロイと同じように残影の群れの中でおしくらまんじゅう状態であり、代わりに周囲のオルヴェの残影が行動する度に更に残影が生み出されていたのだった!


「ディオスクローーイ!?残影これってどう止めるんだ!?」

「おい待て!おい!!!」

このままだと──指数関数的に増えるオルヴェの残影の群れに押しつぶされる!?

脳裏に浮かぶ信じがたい光景に再度声を張り上げて少年を呼ぶディオスクロイだったが同じように、いやむしろディオスクロイよりも遥かに多くの残影に囲まれているオルヴェにはその悲鳴が聞こえていないようだった。

必死に呼びかける間にも制御不能なまでに大繁殖したオルヴェの残影たちはムカつくほど無邪気に喜び続けていた。

……残影は単純に本体であるオルヴェの動きを繰り返しているだけ、だからディオスクロイの言葉や少し弱い呪言では全く制御できないのだ。

もちろん本体のオルヴェにも。


「ちょ、やめ!!オレ!オレなんだから自分の言うことを聞けってぇ!!」

「──っ、クソが!!」

奥歯をギリリと噛み締め、顔を髪と同じように真っ赤にしたディオスクロイは近くにいた残影を数体殴り飛ばして隙間を作ると赤い剣を跳ねようとしていた残影めがけて剣技を叩き込んだ!!


「ぐえっっ!!?」

ディオスクロイの素早い斬撃は残影から残影へと連鎖しそこかしこで水風船を地面に叩きつけたような音と花火のような青白い血飛沫が辺り一面に飛び散った!

怒りの一撃はもちろんオルヴェにも命中し、少年は鈍い悲鳴を上げてそのまま地面に叩きつけられそのまま林檎の樹まで転がって頭を激しく打ち付けた!


「っ!」

少年が地面に打ち付けられると同時にディオスクロイの全身に滾っていた熱が一気に冷める!

──やってしまった。


ディオスクロイは咄嗟にブレイブワイドを放った己の右腕に舌打ちしつつすぐさま少し先の地面でひっくり返っているオルヴェの方へと駆け寄る。

安否を確かめるべくそっと手を伸ばし──その手が地面に向かって引きずり込まれるように強く引かれる!


「うおっ!?」

「今の技何だ!?すっげぇカッコいい技じゃん!!」

ディオスクロイの眼前にいたのは鼻息荒く青い目を星のように輝かせ、額から血を流しながらも大興奮気味に迫ってくるオルヴェだった。


「アンタのこと師匠って呼んでも良いか!?さっきのカッケー技教えてくれよっ!!あ、ください!」

(マスターが回転斬りですか?あんな隙の多い技は無理です)

「無理な訳無いだろ!?」

(では訂正します。『確実に』無理でしょうね)

「うるせぇベータ!……なぁ頼むって師匠!お願い!お願いしますっ!!」

……先程手加減無しで攻撃されたというのに瞳は興奮と憧れに煌めいて、テンションの高さはまるで見えない尻尾を振り回しているよう。

レムリアの宝剣と会話しているようだがリアクションを見る限りでは程度の低い会話であることは聞かなくても分かる。

そして連呼される『カッコいい技』と『師匠』。

──ディオスクロイは直感した、この少年は本物のバカなのだと。


「……いいだろう、『もう一度』教えてやろう」

「!!」

ディオスクロイはしばらく意識と顔を上に向けて黙っていたのだが、やがて深呼吸をすると憑き物が落ちたような澄んだ緑目でオルヴェを見下ろした。

「!ありがとう師匠──!!」

そして、嬉しそうに飛びついたオルヴェの緑頭に男の全身全霊の鉄拳がめり込んだのだった。

  1. 1
  2. 2

更新履歴

・2025/03/09:第1版