9.ディオスクロイ

アルゴノーツ:タイトル

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「いつまでため息を吐くつもりですか、マスター」 「いってぇ‼」  夕方に目を覚まして以降、ずっと自分《ベータ》を掲げてはため息ばかり吐き続けるオルヴェに渾身の体当たりをぶちかました! 「病院内なのでお静かに」 「ぐぅぅ……っ! だったら頭めがけて落ちてくるなよ!」 「マスターの頭蓋骨は一般的な男性に比べ二、三倍ほど硬いので問題ないと判断しました」 「知るかっ!」  ベータの金属製の体がおでこに勢いよく衝突し、目に涙を浮かべたオルヴェは薄いマットレスの上を転げ回って悶絶しながら怒る。  ……二匹目の獣王ベルゼルケルを何とか追い払うことに成功したアルゴノーツ。  だが勝利の代償は重く、未熟な身でベータの力の一端を解放したオルヴェは全身の筋肉から始まり、体のあらゆる内部や腱を痛めてしまい、三日の昏睡と一週間の探索禁止という代償を支払う羽目になったのである。  ただ、不幸中の幸いかオルヴェ以外のアルゴノーツのメンバーは全員軽傷で済んだ。  彼らは昏睡状態のリーダーを病院に任せ、今もオルヴェ抜きで獣王ベルゼルケルに迫る為の探索を続けている……そんな話を目覚めてすぐベータから聞かされた。 「オレは早く獣王ベルゼルケルを追いかけたいってのに……」 「今の体と実力で太刀打ちできる確率は0%に近いです、寝て下さい」 「寝てろって言ってもよぉ〜〜……」  置いていかれた寂しさや四人だけで冒険を再開してもらっていることへの申し訳なさも、これではアルゴノーツのギルドマスターの名が廃るという焦燥感やプライド、そして目の前にある未知の冒険をおあずけにされた状況の方がオルヴェには耐え難い。  ベータに愚痴ったりため息をついたところでじわじわと潰されているような痛みは癒えないし大人しく寝ていた方が結果的に早く済むのは分かっているのだが……。 「なぁベータ! オレの体もオリバーたちみたいに直してくれ!」 「はぁ」  オルヴェは両手を合わせながらどこからそんな声が出せるんだと思う大声でベータに懇願する!  ……あの高慢ちきな態度と慇懃無礼な性格のコイツに話を聞いてもらうにはこれしかない! 「不可能です。先日の戦いでエネルギーを消耗しましたので直せる余裕はありません、自力で頑張って下さい」 「そんなぁ! 一週間もベッドの上とかオレ絶対ムリ! 退屈すぎて死ぬって!」 「一応明日からは宿に戻っても良いと言われているでしょう」 「だけどさ〜〜‼」  子供のように駄々をこねようが何度もしつこく迫ろうが握りしめたベータは頑なに首を縦に振ろうとはしない。  ……無感情な声と変わらない返答を聞いていると、まるで巨大な鉄の壁を必死に押して動かそうとしている気分になってくる。 「それに、明日は朝十時からペルセフォネ姫と謁見の予定ですよ。早く寝て明日に備えて下さいマスター」 「はいはい分かった分かったって……」  そして翌日のペルセフォネ姫との面会というレッドカードを突きつけられたオルヴェはしぶしぶベータを枕元へ戻すと自分のベッドに潜り込んだ。  ……触れた指からこっそりと下がっていく少年の体温や心拍数をスキャンし、やっと寝る気になったかとベータは〝無い〟肩の荷を下ろして一息つく。  明日からまた生意気な子供のお守りをするのかと思うと多少憂鬱だが今から最低でも八時間は静かで平穏な夜を過ごせるのだ。 「あ! オレさ、ベータに一つ聞きたいことあるんだけど!」  だが、三十秒も経たないうちにベッドから飛び出した手のひらがベータをぐわしと掴み上げる。  ……舌や歯があったならベータが現在どんな気分なのか、どういう悪態をつくのかこの少年に嫌というほど分からせられるのに。 「……なんでしょうか?」 「二匹目のベルゼルケルに立ち向かった時だけど、なんでオレの手助けしてくれたんだ?」  ……オルヴェの知っているベータは言うこと為すこと、あらゆることを理屈っぽい口調と論理で否定し反論するような奴である。  今も冷静に答えてくれているが内心自分をぶん殴りたいと思っているはずだ。  ──二匹目のベルゼルケルにオルヴェが立ち向かうことを告白した際にベータから返ってきたのは無謀、不可能、諦めろの三句。  だが、あの時のベータはいつもと違った。  無理矢理仲間に別れを告げ自らの正義を選んだオルヴェを見捨てず、己の中に封じられた力を解放して限界ギリギリまで無謀な希望に協力してくれた。  ……その結果、負傷者はいるが誰も死ななかったという熟練冒険者でもそうそうない奇跡を起こした。 「教えてくれよー! なにか理由があるんだろ? な、良いだろ? 気になってオレ全然眠れないよ〜ベータぁ」 「……」 「はぁぁ」  ……無機物とのにらめっこ勝負に勝てるわけもなく、十数分の激闘の末沈黙に耐えかねたオルヴェは重くなってきた瞼を擦りながら枕に頭を埋めた。  ……答えたくないなら答えなくても良い。  押せば押すだけ意固地になるのはあちらも同じだろうし。 「──逃げなかったからです」 「へ……?」  ──背中から無機質で静かなベータの声がほんの少しだけ聞こえた気がして、布団で身を包んだオルヴェはすぐ起き上がった。 「碧照ノ樹海で私が力を貸したのは、マスターが瀕死の冒険者たちを見捨てて逃げなかったからです」  ──合理と判断力の化身であるベータが出した答えは、樹海で倒れてからずっと体を苛んでいる筋肉痛を完全に吹き飛ばすほど衝撃的だった。 「え⁉ マジで⁉ ベータそういうの一番否定しそうなのに⁉」 「勘違いしないで下さいマスター。貴方の選択は最も愚かで無鉄砲で考えの甘い行いだということは当然の事実です。今回は仲間も救出対象も無事で済みましたがあの状況で勝てると思ったんですか? 仲間を危険に晒したくないと言っておきながら巻き込むとは愚の骨頂ですね。しかも私との契約があるのに自分の使命をお忘れになるとは健忘症ですか?」 「お前なぁ! 人が良い気持ちになってる時にそりゃないだろ⁉」  珍しく褒めたと思った直後、ベータの言葉は流れるように軽率な行動への罵倒に切り替わった。  半分驚き半分喜びだったオルヴェは上げ落としをモロに受け、眉間にシワを寄せながら蒼い剣身に向かって不満を漏らす。  だがベータはそんな威嚇を気にも止めず、更に続けた。 「……ですが個人的には貴方の選択は好ましいものでした、だから手助けした。それだけです」 「……」  無機質ながら、どこか思い出話をするような彼の本音にオルヴェもいつしかじっと聞き入っていた。 「……そっか、教えてくれてありがとな」  胸でつっかえていた疑問がまるで春の雪のように解けて、なんだかベータの冷たい声が子守唄のように心地よく聞こえる。  早口で話を終えたベータに少し笑いつつ、今度こそおやすみの挨拶をするとオルヴェはベッドに体を横たえる。 「マスター──私は、そもそも立ち向かうなんてできなかったんですから」  ……月の光が差し込む病室で後悔と諦観が最後の吐息のように絞り出される。  いびきをかきながら暢気に眠る少年に聞かれなくて良かったなと自嘲しながら、ベータはいつもよりも静かな自由時間に身を委ねた。

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・2026/02/01:第1版